子どものいない家で夫が亡くなる。しかし遺産の半分しか妻のもとに残らない。
財産の少ない家で、わずかな遺産を巡って血みどろの兄弟争いが起こる。
それらすべては、
故人が生きているうちに、やるべきことをやっておけば防げたはずのことだ。
という話。(写真:フォトAC)
【夫婦子ナシ、しかし夫の遺産すべてが妻のものとは限らない】
一昨日は最後の方で「法定相続人が妻ひとりだったりすると基礎控除額は3600万円しかありません」と書きましたが、これは少し誤解を招きやすい表現です。と言うのは「法定相続人が妻ひとり」というのは極めて稀なケースだからです。
「え? 子どものいない夫婦なんて世の中ざらで、その場合、一方が死んだら相続人は他のひとりでしょ?」
そう考えた人は極めて普通です。普通はそう考えて、夫が死ねば妻は財産のすべてが自分のものになると考えます。ところがそうではないのです。
法定相続人には、配偶者に続いて、権利を主張できる第一順位グループ、第二順位グループ、第三位グループの人々がいるからです。
【法定相続人の話】
どういうことかと言うと、一般的に言って、夫婦と子ども二人の4人世帯で夫が死ぬと、妻と二人の子が遺産を相続することになります。妻が半分、残りを子どもの人数で割ります。
子がふたりとも死んでいる場合は孫、孫も物故者だとするとひ孫と、まっすぐ下に降りていく流れの人々が第一順位の相続人です。子が生きていれば孫やひ孫が相続人に名を連ねることはありません。
ところが子や孫がすでに一人も残っておらず(あるいは最初からなく)、夫婦二人だけで暮らして来たという場合、夫が亡くなると意外なことが起こります。夫の実家の両親、両親がいなければ祖父母が第二順位の法定相続人として立ち上がってくるのです。妻は夫の両親に遺産の半分を渡さなくてはならないのです。
もっとも「夫」が自然死するころには両親・祖父母は死に絶えているのが普通ですから、その場合は第三の法定相続人として兄弟姉妹が立ち現れてきます。それが最初の「夫が死ねば妻はその財産のすべてが自分のものになると考えます。ところがそうではないのです」の意味です。
このルールを知らないと、夫が死んだ後で日ごろはつき合いのない兄弟姉妹が突然現れて、財産の半分を持って行ってしまう、という驚くべき事態は理解できません。本格派推理小説の「妻も子もいない富豪が死んで兄弟姉妹が集まった通夜の席に、突然誰も知らなかった愛人と隠し子が現れて場を一気に地獄絵にしてしまう」という事件の始まりも理解できません。とうぜん分け前に与れると思っていた兄弟姉妹の取り分が、すべて隠し子ひとりのものになってしまうわけですから穏やかではありません。
ただし遺産相続の地獄絵は、そんな複雑なケースではなく、むしろ一般的な兄弟関係の中で起こるといいます。
【財産の少ない家でこそ起こる血みどろの争い】
一般に資産数億、数十億といった人たちは、日ごろから弁護士を入れてきちんと財産管理をしているものです。遺言状もしっかり残しておかないと事業そのものに影響を与えて、迷惑をこうむる人も少なくありません。法的にしっかりしていることは相続人の方も承知していますから問題も起こりにくいのです。
ところが残す財産は数百万円、数千万円といった段階だと、あえて遺言状などつくらない人も多くなります。そもそも自分の財産がどれほどあるか(住宅の資産価値など)、それすらつかんでいない人もかなりいます。
本人ですらはっきりしていないのですから相続人はなおさらで、多いのか少ないのか、どこにあるのかも分かっていないという家はむしろ一般的なのかもしれません。それが親の死で一気にはっきりさせなくてはいけなくなる。
想像以上に莫大であれば問題は少ないかもしれませんが、逆だとわずかな財産を巡って争いが勃発しかねません。現役で働いていて家族も養わなくてはならない子どもたち世代の中には、そのわずかな遺産が喉から手が出るほど欲しい人だっているかもしれないからです。
先日テレビに出ていた弁護士は財産分割について、
「夫婦だったらドライにやればいい、元は他人なのだから。親子だったら最後は親が譲るからこれもいい。ところが兄弟姉妹はそういうわけにはいかない。こじれれば、あなたはあの時ピアノを買ってもらったとか、このときはああだったとかがバーッと出てきて、それに配偶者が絡んでくると絶対に譲れなくなって、弁護士が入るとプラマイゼロどころかマイナスになってもやめなくて、その上で言うのが『金の問題じゃアない』。本当に血みどろの争いになってしまう」。
自分の子どものことを考えたとき、姉は自らブラコン(ブラザー・コンプレックス)と言うくらいに弟が可愛いし、弟の方は金銭的自立心が強くて(金をもらえば言うことをきかなくてはならないから、というところもあって)家族であっても金銭を受け取ることを潔しとしない潔癖さですから、「今のうち」は私が死んでも「血みどろの争い」ということにはなりそうにありません。しかし10年後は分からない。20年後となるとさらに分からない。二人ともそのころには、決定的に金の必要な状況が生まれてくるかもしれないからです。
先の弁護士はこんなふうにも言います。
「だからそれを考えると親御さんが自分の意志を持って、自分のお金を全部使いきってもいいし、こんなふうに使ってほしいと言ってもいいし、あなたにはこうしてもらったからこれを残すといったふうに、手がかりを与えておくことがすごく大事だと思う」
(この稿、続く)