カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「教員免許更新制度がなくなる」~けっして教師のためではないので、お間違いなく

 10年以上続いた教員免許更新制度がなくなる。
 多忙な教員の負担軽減のためだといった報道もあるが、冗談じゃあない。
 夏休み中に行う研修など大した負担ではない。
 制度がなくなるのは、教員ではなく、文科省教育委員会が困っているからだ。

という話。

f:id:kite-cafe:20210825064112j:plain(写真:フォトAC)



【教員免許更新制が廃止になる】

 教員免許更新制の廃止が正式に決まったようです。
 NHKは一昨日のニュース9で、朝日を始めとする新聞は昨日朝刊で報じました。

 教員免許更新制の廃止については別ブログで何度も話してきましたから今さら新しい情報はないのですが、現場の先生方、特に今年教員になったばかりの先生方の中には事態が呑み込めず、何の陰謀かと身構えておられる方もいらっしゃいます。
 無理もありません。文科省が教職員のために甘い顔をするなど、なかなか考えにくいことです。
「何か苦いものを食べさせる前に甘いものを出してきた」
 そんなふうに勘ぐる先生が出てきても不思議ありません。しかしそうではないのです。
 強いていえば、文科省にとっては金のガチョウの卵を温めていたつもりが、殻が割れたらヘビが顔を出したので慌てて取り下げた、というような話です。
 
 

【制度の歴史と意義】

 教員免許更新制度は2000年、当時の森喜朗総理大臣の私的諮問機関「教育改革国民会議」(*)が提唱し、いったんは冷えたものの2007年、今度は安倍晋三元総理の私的諮問機関「教育再生会議」が再度提案し、教育職員免許法の改正によって2009年から実施されるようになったものです。
*「再生会議」というのは、日本の公教育が死んだという前提でつけられた名前ですから、私はずっとこのことを恨んでいます。

 当初は「指導力不足教員および不適格教員の排除」をめざしたのですが、実際問題として公平性などが担保できず、「教員の資質向上のため」と名目を変えての出発となりました。
 
 具体的にはそれまで無期限とされた教員免許に10年の有効期間を設け、期限が切れる前の2年間に30時間の講習を受けることになったのです。費用は本人負担で3万円程度。しかし時期外れの緊急講習やオンライン講習などを希望すると5万円ほどかかる場合もありました。
 毎年、更新講習を受ける教員は全国で10万人ほど。一人3万円としても30億円近い金額が大学等の実施機関に入るわけですからそれらにとっては大事な収入だったわけです。
 それを手放させるわけですから、政府の大英断です(ほんとうにお金を取らなくなるとしたらの話です)。

 なぜそうまでして更新制を廃止しようとするのか――。昨日の朝日新聞によると荻生田文科大臣は次のように語っています。
「一定の成果はあったが、多忙を極める先生にとって、講習の中身が十分伴っていなかったことが問題だった」
 見方によれば、
「忙しい先生方を納得させられるだけの講習を大学等が用意できなかったからだ」
と責任転嫁するような言い方ですが、要するに先生方のためを思って廃止するのだと――。
 だから眉に唾を付けたくなるのです。政府が教員に優しかったことは田中角栄以来なかったからです。

 更新講習が教員の資質向上に役立ったかは不明です。履修後の感想欄にはおおむね肯定的な記述が多く、それが更新制度の意味付けに使われることもありましたが、3万円と30時間も費やした講習を「無駄だった」と総括することは困難です。質問を変えて“来年以降も毎年受けるとしたらどうか”と問えば、一斉に否定形の回答となったことは間違いないでしょう。

 ただ、更新講習の弊害は意外なところから来ました――と言うより、最初から分かっていたことながら、政治家が言い出したことを官僚が止めるわけにはいかなかったのです。まして地方公務員をや、です。
 
 

【そして先生が来なくなった】

 起こったことは深刻な教員不足です。
 実際、学校側が育休や産休をとる教員の代わりを探しても、免許が未更新のため、すぐに任用できないなど、なり手不足の一因となっている。
 朝日新聞の記事は最後で「なり手不足」と書いたために分かりにくくなっていますが、不足したのは「教員のなり手」ではなく、産育休や療休、そして急な退職者に代わって明日から来てくれる臨時の先生です。

 毎年、新年度4月から来てもらう講師については、今のところ何とかなっています。というのは教員採用試験の倍率も極端に下がっているとはいえ1倍を切ったわけではありません。したがって不合格者の中からピックアップして講師を依頼することも可能です。また、かつての教職経験者に早くから準備してもらうこともできます。
 ところが産育休など急な必要には別な別の問題があるのです。

 かつては教員採用試験不合格者のうち、かなりの人たちが次年度合格をめざしてアルバイトなどで糊口を凌いでいました。いわゆる教職浪人です。ほとんどの場合この人たちは教育委員会の名簿に登録してあって、急な講師の必要に応えることができました。ところが現在、学校がブラックであるという悪評と一般社会の人手不足によって、この名簿が極端に薄くなっています。

 そうなると頼れるのは結婚や出産を契機に退職した元教員や定年退職者です。昔はそれで回っていました。
 本人が乗り気でない場合も、校長が縁故を頼って情がらみで頼み込めば、何とか来てもらえたものです。ところがその人たちの多くが、すでに免許を失効しているのです。再び学校に戻るつもりもないのに、安くないお金と時間をかけて更新する必要もなかったからです。

 もちろんあらためて更新できないわけではありませんが、都合のいい講座が開かれているとは限らず、そもそも資格獲得に30時間も必要で他の手続きもあります。
「明日から来て欲しい」
といった要請には応えようがありません(*)。
 それが教員免許更新制のなくなる真の、そして唯一の理由です。
*そのために現在、副校長または教頭先生が担任代行を行っている学級は、全国に相当数あります。
 
 

【それでも研修は残る】

「私たちが困るから更新制はなくします」
 荻生田文科大臣は絶対にそうは言いません。先輩政治家、しかも森、安倍といった偉大な総理大臣の不明を認めるようなことはできないわけです。だから、
「新たな教師の学びの姿の実現に向け、更新制を発展的に解消することを文科省が検討することが適当」
といった言い方になりますし、
文科省は来年の通常国会で廃止に必要な法改正をし、23年度にも新たな研修制度を始める」
と更新講習に代わる新たな研修制度への言及も忘れません。「教員は死なぬよう、生かさぬよう」という方針に変わりはないのです。
 
 まさかその新たな研修においても金を払えとは言わないと思いますが、こころの隅には置いておくこととしましょう。
 世間の(一部の)教員を見る目は恐ろしく冷たいのです。議員はいつもそのことを頭において、次の選挙に備え、強い態度で学校に向き合います。