カイト・カフェ

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「教員免許更新制度の行方」③〜東京が困らないと世の中は困らない

 首都圏には日本全体の4分の1の人口が集まっていて、テレビの主なキー局も大新聞の本社もすべてこの中にあります。したがって東京で何かが起こって東京が困るとニュースになりやすいが、地方がどんなに困っても、そしてそれが本質的な問題でやがて全国に波及することが確実な場合であっても問題とされない、たぶんそういうことがあります。
 東京のおしりに火がつかないとだれも気がつかない――。

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 いざというときに絶対に必要な“臨採”が足りなくなるといったことは、10年前、教員免許更新制が議論されたころには誰も考えなかったのでしょう、特に東京は。ですがそのときすでに、地方では“臨採”の深刻な不足に悩み始めていたのです。

【代わりはいくらでもいる――訳ではない】

 少子化に対応するため “臨採”を大量確保ということは、すでに始まっていました。
 そのため「今年採用試験には受からなかったが引き続き挑戦していきたい」といった教職浪人や「子育てが終わって現場に戻りたいが採用試験は受かる気がしない」といった元教員のあらかたは、すでに学校に取り込まれるようになっていたのです。
 そんな状況で、
「先生が一人いなくなった(病気入院した、心の病で出勤できなくなった、懲戒免職になった)、急いで明日から先生が欲しい」
となっても世の中にはそんな都合のよい免許所有者は、たくさんいません。

 もっとも「小学校の先生」が欲しいということだったらまだ脈はありました。小学校の先生の代わりは小学校免許の所有者であればいいのですから。
 困るのは中学校です。中学校で美術の先生が倒れたら、探してこなければならないのは「(中学校)美術」の免許をもった先生なのです。そしてなおかつ暇な人、あるいはすぐさま今の仕事を辞めて不安定な“臨採”になってもいいという極めてレアな人材、そんな人、おいそれとはいないでしょ?
 

【学級担任が叶美香壇蜜、もしくはあばれる君。しかし田舎は・・・】

 たぶんそういうことは都会では問題にならなかった。
 何しろ叶美香さんやあばれる君、壇蜜さんといった一流有名芸能人も教員免許をもっている世界です。
 昨年はアナウンサーの清水次郎さんという人が教員になると言って朝日放送を退社して評判になりましたが(本年度めでたく兵庫県の教員になったらしい)、古くは伝説のグループサウンズザ・タイガースのドラマーも解散後に教員になっています(現在はすでに退職)。
 ですから叶さんや壇さんのような人が“臨採”として来てくれる可能性もないわけではありません(嬉しいような、嬉しくないような・・・)。

 そこまで有名でなくても東京には教員免許を持っているタレント志望・俳優志望、絵描きの卵・音楽家の卵、司法浪人・作家志望・漫画家志望、単なるフリーアルバイター・・・そんな人がいくらでもいそうです。しかも密集している。
 正規の教員になるつもりはなくても、彼らも食っていかなくてはなりません。そろそろ自分の才能に見切りをつけようかと迷っている人もいます。

 田舎だって半径30kmくらいに範囲を広げれば一人か二人は見つかるかもしれませんが、片道数十kmではとてもではありませんが通勤してくれとは言えません。
 臨採名簿が払底して職安でも見つからないとなると、教育委員会の担当者や当該校の校長先生は、仕方がないので記憶をたどって昔の仲間を思い出し、現場に戻る気のさらさらない人にまで電話をかけて依頼します。
 昔の恩義をちらつかせ、懇願し、あるいは泣き落とし、「一か月でいいから、その間に必ず次の先生を探すから」と、自分でも“それを言っちゃあウソだな”と思いながらも掻き口説き、なんとか人を確保しようとします。

 それでなんとかできたのが数年前まででした。
「わかった、そこまで困ってるなら仕方ない、力を貸すわ。ただし一か月だけよ、それ以上は絶対やらないからね」
 校長先生は内心《申し訳ない、約束、守れないかもしれない》、そう思いながらも、授業が再開できことにホッと胸をなでおろしたものです。
 しかし今はそうはいかない。

 かけた依頼の電話の先が、こうなるのです。
「困ってるのは分かった。でもね、私の免許3年前から『更新講習未履修』なの。今から更新講習って言ったって夏休みまで講座開いてないでしょ(もしくは、もう終わっちゃったでしょ)。ゴメンね。そういうことだから他を当たってよ(ガチャ)」
 

【私たちの目算】

 教員免許更新制度では更新できるのは現職教員と“臨採”登録名簿に名前のある人――それだけと決まっています。つまり確実に教員を続ける、明日にでも教職に着く用意があるという人たちだけで、いわゆるペーパー・ティーチャーや結婚や出産によって中途退職した元教員は更新講習が受けられないのです。

 もちろん本人に瑕疵のあることではないので免許は失効するのではなく、「更新講習未履修」といういわば執行猶予みたいな形で棚上げにされ、必要になったら講習を受け手続きを行えばいいということになっています。
 けれど3万円から4万円という金を払って30時間もの講習を受けるとなると、それはそれで現職でない人にとってはけっこうなハードルになります。
 「ペーパー・ティーチャーで更新していなかったけど、採用試験が受かったから更新する」(そういうこともあり得ます)というならまだしも、“臨採”はそこまで魅力的は“職”ないしは“立場”かどうかは疑わしいところです。
 学校側から見ても、それでは「明日から授業をしてくれる先生」にはなりません。

 先週木曜日、ブログで教員免許更新制度について話し始めたとき、
「あんなもの10年一回りしたらなくなるに決まっているさ」とか話し合ったことがあった(中略)(しかし)何か目算のあってのことではありません。 と書きましたが、実はこれがその目算です。

 今すぐ使える教員免許所有者がどんどんいなくなっていく――、そんな制度が長続きするはずがない(ただしり10年間、ひと回りは続く。途中でやめたら裁判になるから)と思ったのです。

 最近のNHKの調査によると、現在全国で700人もの教師が足りなくて、授業のできない状態が続いています(2017.07.04 NHK「公立小中学校の教員数 全国で700人以上不足」
 授業に何日も穴が開くわけで、たった700人とはいえ大問題です。
「担任教師がいないまま一か月も教頭先生の片手間仕事でやっている」とか「もう三か月も体育の授業をやっていない」とかいったことですから。
 

【状況は誤解されている】

 こうした状況に対して、先のNHKニュースの中で文科省佐藤光次郎教職員課長は、
「教員の仕事の負担が重かったり多忙になったりということがネックとなり、教員のなり手を十分に確保できていないことが背景にあると思う」
と言い、専門家としてインタビューを受けた慶應義塾大学の佐久間亜紀教授は
「臨時教員を含め教員になりたいと思う人を増やしていくために、給料だけではなくて働き方や待遇を改善するなど各教育委員会や国は教員の魅力作りを進めていく必要がある」
などとおっしゃっています。
 しかし繰り返しますが、教員のなり手がいないわけではないのです。

 一昨年の教員採用試験(昨年4月採用者)の競争率は全国平均で4.9倍もあります(教育新聞「平成28年度(27年度実施)教員採用試験 選考倍率」)。
 NHKの記事に出た「先生が足りない」はずの熊本県で6.3倍、高知県で4.3倍、関西地方は軒並み大阪(府・市)4.3倍、京都(府・市)5.6倍、兵庫県6.1倍、奈良県6.4倍となかなかの高倍率です。

 いわゆる“専門家”も文科省も、そしてNHKを始めとするマスメディアも、もう一度全体を見直して、教育現場の最前線で何が起きているのかしっかりと分析し直してほしいものです。
 足りないのは教員ではなく“臨採”講師。  ペーパー・ティーチャーや元教員はおいそれと“臨採”講師に応募できない。

 この先、教員免許更新制の見直しをはじめ、さまざまに手を打って行かないと教員の不足はどんどん昂じて行きます。

 夢ゆめ
 「最近、特に出産や育児などで休職する教員が増えていることもあり」文科省佐藤光次郎教職員課長の言葉。上記NHKの記事より)
などとありもしない教員のベビーブームを捏造して、「先生たちが勝手に結婚したり出産したりするから足りなくなる」などと言った妙な流れをつくらないように。

 教員はもう十分叩かれているのですからこれ以上叩くと正規もいなくなっちゃうよ。