「大雪の朝に」②~地域社会を想う

 二重生活をしていて週日の夜は母のいる“実家(先日問題にした概念)”にいるので大雪が降ると大変です。
 月曜日もいつもより早い4時に起きて“実家”の前の道の雪かきをし、取って帰って自宅の雪かきをし、職場に行って周辺の雪かきをし、さらにもともとは“年に1回も機会があるかどうか”その程度のことと説得されてて入った地域の雪かき隊の活動もしてと、半日雪と格闘です。
 おまけに“実家”の方は前の道路が狭いのでかなり丁寧にかかないと車が動けず、自宅の方は道路に面する部分の長い変則地形でなので除雪範囲は長さ25mほどもあります。さらにさらにお向かいの片方は早朝出勤のお兄さんと老夫婦の家族で、自宅駐車場の雪を道路にかき出すことはしても道の雪かきはしない。もう一軒は男性の姿の見えない謎の一家で先日もチラッと顔を出して「おはようございます」といったきりまた引っ込んでしまう。つまりほとんど全部、私一人で雪かきをしなくてはならないのです。
 しかしいずれ私も年老いたらだれかにやってもらわなくてはならないのですから、不満も持たずやっています。

 その途中、あっちこちの雪かきに走り回っている最中、小学生の通学路に立つ一人の女性を見かけました。雪かき用完全重武装でマスクもしてるので年齢のほどはわからないのですが、左手で傘を持ち、その腕で胸に雪かきを抱え、右手には横断旗を持っています。小学校PTAの交通当番です。
 私も車で道を曲がるところだったので車内から軽く頭を下げたのですが、その時気づいたのは腰のあたり二本の足が出ていることです。そうです、赤ちゃんを背負っているのです。
 こんなひどい雪の中で、親子で寒さに耐えながら小学生の安全確保の仕事をしている――。
「奥さん、いいから。私が替わってあげるからそのまま家に帰りなさい」
と言いたいところですが、私も急いでいます。そのままもう一度頭を下げてその場を後にしました。しかし心は残りました。
 この地域、この国はこうした真面目な人々に支えられています。

 おりしも俳優の小栗旬山田優夫妻がセカンドハウスであるマンションで町会費の支払いを拒否したということが話題となっています。記事をよく読むと小栗夫妻はマンションの共益費に町会費が含まれている(そういうマンションも多い)と思い込んでいたので、誤解が解ければどうということはいのですが、この件を通して町会費は払うべきかどうかという古くて新しい問題が再び話題となっています。

 ところで町会とともに繰り返し問題になるのがPTAですが、このふたつは子どもが就学したりその地域に引っ越すと必然的に身を置くことになるのでとても厄介です。任意団体ですから法律上の加入義務はなく、構成員としての負担も大きいのに参加しないと居心地が悪い、そういう点でも似ています。あまり居心地が悪いので、「毎年人々に『加入の義務はない』と説明すべきだ」といった要求さえ出てきます。しかしどんなものでしょう。

 100年以上をさかのぼれば私たちは個人で生きていくことなどできませんでした。畑の灌漑も田植えも稲刈りも、土木工事も防火防災も、常に地域の協力なしには果たせなかった――だから地域社会への帰属は必然でした。
 近代社会はそこからひとつひとつ剥ぎ取って個人が個人として生きられる世界を築いてきたのです。特に戦後は地域主義を廃し、家族主義を捨て、核家族からさらに独居世帯へと駒を進めようとしています。
 地域では運動会や夏祭りが廃れ、企業からも企業内運動会や懇親旅行・懇親会が消えていきます。上司・先輩との日常的な飲み会も消え、代わりに時間は家族サービスや個人の趣味に充てられるようになります。その結果私たちは行動の自由を手に入れ、別の自由を失いました。

(この稿、続く)