「マンガを支えた世代」

 ハリウッドもネタ不足のようでジャパンホラーや韓国ドラマ、アメリカ自身の古いテレビドラマのリメイクが盛んになって久しくなります。トム・クルーズの「ミッション・インポシブル」は日本では「スパイ大作戦」の名で長く続いたテレビシリーズですし、現在映画館にかかっている「コードネームU.N.C.L.E」は私の世代では「0011ナポレオン・ソロ」として有名だったものです。ところが日本の場合、映画やドラマの原作を探すのにまったく苦労しません。エンターテイメント小説も豊かですがとにかくマンガがある、しかも繰り返し新しいものが出てきますからアイデアに事欠かないのです。
 大人も読むマンガ――それが定着したのは1970年代の初頭からです。私たちがその担い手でした。

 私のすぐ上の世代はいわゆる“団塊の世代”で、この人たちは学生時代とても忙しい生活を送っていました。彼らは70年安保闘争の担い手で政治集会やデモに行くのに大変だったのです。しかも空いた時間にはマルクスだのレーニンだのを勉強し、しかもアルバイトにも精を出さなくてはなりませんから暇な時間がありませんでした。
 それに引き換え、70年代に入ってから大学に進んだ私たちはずいぶん暇でした。いわば「遅れてきた青年」ですから政治闘争に明け暮れるような生活はありません。かといって後の世代のように上手に遊ぶモデルパターンもありませんから、年中暇をかこっていたのです(をい! 勉強しろ!)。
 そこで何をしたのかというと、要するにマンガを読んでテレビを眺め、一所懸命怠け暮らしていたのです。私たちこそ、「大学生にもなって勉強もせずにマンガを読んでいる」と非難された最初の世代です。

 何を読んでいたのかというと「少年サンデー」や「少年マガジン」といった子ども向けのコミックが中心です。大人向けとしては「月刊ガロ」みたいなすごいものもありましたが、時代は確実にスピードアップしていて月刊では待ちきれなかったのです。
「少年サンデー」「少年マガジン」は少年向け週刊マンガ雑誌の双璧で、これに対抗する雑誌はなかなか出てきませんでした。子ども時代から二誌に親しんだ人々は容易に別に乗り換えませんでしたし、当時、雑誌はそれなりに高価でしたから一誌ないしは二誌購入すると三冊目には手を出しにくかったからです。
 しかしやがてその二頭時代にも終わりがきます。くさびを打ち込んだのは「ビックコミック」と「少年ジャンプ」でした。

ビックコミック」は明らかに少年マンガの読者が大人になるのを見越した雑誌です。マガジン・サンデーがいつまでも子どもを引きずって読者層を間延びさせてしまったのに対し、「ビッグコミック」最初から子どもを切ってありますので、その分自由に作品を掲載することができました。内容も明らかに正統派で、さいとう・たかを、ジョージ・秋山といった定評のある作家を起用しています。「ゴルゴ13」や「浮浪雲」「あぶさん」といった名作はここから出てきます。
 ところが「少年ジャンプ」は全く違うアプローチだったのです。

(この稿、続く)