「いびつな言語感覚」②

 子どものいびつな言語感覚を考えるとき思い出すのは、1997年5月に起こった「神戸連続児童殺傷事件」、いわゆる酒鬼薔薇聖斗事件の挑戦状です。

「さあゲームの始まりです。愚鈍な警察諸君、ボクを止めてみたまえ」
で始まる有名な文章は、のちに出される第二の挑戦状ととともに多く専門家たちに分析され、ある人は「非常に知的レベルの高い人物」と推定し、別の人は「いやそれほどでもない」といった論争になりました。しかし誰ひとり14歳の中学生を予想した人はいません。
 あとから考えると、「school killer」とすべきところを「shool kill」としていたり「報道陣」と書くべきところを「報道人」と記述したりとずいぶん拙い面も見られ、挑戦状が(活字に打ち直したものではなく)画像で提供されると、明らかに子どもの手によるものと分かるのですが、当初はその殺人の残虐さと「子ども」はなかなか結び付かなかったのです。

 この挑戦状は犯人少年が多くの書籍、特にマンガ本を引用して組み立てたものです。どれほど知的に高い子だったかは分かりませんが、少なくともそれらを組み合わせ高邁に見える文章をつくるだけの能力はあったわけです。しかしそれはいびつな思考です。全体として統一されたものでなく、一部が肥大し別の一部が矮小化した非正常な頭脳です。言語がいびつなのに思考が統一的だといったことはありえません。

 昔の子どもはそうではありません。たとえば私の子ども時代はもっと平準的な思考や感じ方がありました。
 私だって「憂鬱」だの「晩餐」だのと言った難漢字を覚えて好んで使った時期もありますが、それは高校生の後半から大学生のころのことで、小中学生のころはその年齢にふさわしい漢字でその年頃にありがちな文章を書いていました。
 小学生なら小学生、中学生なら中学生という枠の中にいたのです。

 文章ではなく音楽の話なのですが、「枠」について、私には一つの象徴的な思い出があります。それは小学校の修学旅行のバス車内でのできごとです。長い長い行程の帰り道、車内レクリエーションでマイクを回し、一人ひとり歌を披露していたとき、ずいぶんと後の方でひとりの女の子が当時流行していた歌謡曲を歌い始めたのです。それはとてつもないカルチャー・ショックでした。それまで誰一人、学校の公式行事で歌謡曲を披露しようという発想を持っていなかったのです。みんながおとなしく、授業で使う歌集を見ながら「小学生にふさわしい」歌を歌っていました。それが当然という意識すらありませんでした。
 それが「枠」です。そして多くが「枠」を守りながら、全体として同じように成長の階段を上っていたのです。ところがその枠が崩れていく。

 難解な言葉を駆使して思考の一部だけを肥大化させて他を貧しくする子がいる、異常に早熟な子のいる陰で、いつまでも未熟なまま繭の中にこもろうとする子がいる――。
 改めて考えると今はそういう時代なのです。