「道徳教科化の行方」�@

 今年の2月26日に総理大臣の諮問機関「教育再生実行会議」が第一次答申を出し、その中に「道徳の教科化を進める」という一項があって以後繰り返しこのことが話題になります。ところがこの「道徳の教科化」、さっぱり議論がかみ合わない。

 ある人は「人間の道徳性に点数をつけるなんて」と言い別の人は「今まで学校に『道徳』の時間がなかったこと自体が異常。すぐ始めるべき」と言い、「私たちが子どものころにはあったのにいつの間になくなったのか」と問う人がいると「日教組の横暴で12年前に『道徳』の時間はなくなってしまった」と訳知り顔にウソをつく人がいて、さらに「道徳のテストってどうつくるんだ?」という話があり、「0点だったら辛いよね」といった話に広がっていく。

 一番首をかしげているのが先生たちで、教員の常識からすると「教科化」は「道徳」の格下げに他なりません。何のために鳴り物入りで格下げするのか・・・。

 そうこうしているうちに夏休み中、「心のノート」が再配布されてハタと困った、これをどの程度の重さで扱ったらよいのか・・・。

 そこで「教育再実行会議」(注:自民党の「教育再生実行本部」とは全く別の組織)のサイトに行って「〜実行会議」の委員たちがどんな資料を基に「道徳の教科化」を言い立てているのか調べてみました(教育再生実行会議第二回会議《平成25年2月15日》の文部科学省提出資料)。

 するとこれには明確な方向付けがあったのです。それは平成19年12月25日の教育再生会議第三次報告です。

教育再生会議第三次報告 (平成19年12月25日)

2.徳育と体育で、健全な子供を育てる

  〜子供たちに感動を与える教育を〜

(1)徳育を「教科」(※)とし、感動を与える教科書を作る

徳育を「新たな枠組み」により教科化し、授業内容、教材を充実し、授業時間を確保して、年間を通じて計画的に指導する

○偉人伝、古典、物語、芸術・文化などを活用し感動を与える多様な教科書を作る

徳育においては、小学校から中学校までの子供の発達段階を踏まえ、それぞれの時期にふさわしい内容で、挨拶や礼儀、善悪の判断、思いやりの心、基本的な社会道徳、責任感、自尊感情、社会への貢献などの指導を行う。

・教材は、徳育にふさわしい、ふるさと、日本、世界の偉人伝や古典、物語などを通じ、他者や自然を尊ぶこと、芸術・文化・スポーツ活動を通じた感動などに十分配慮したバランスのとれた、子供たちに感動を与える多様な教科書・教材を作成する。

・美しい心の伝統を語り継ぐことを重視し、言葉や文学による徳育を推進する。

(※)徳育を教科化するが、点数での評価はせず、専門の免許も設けない。小学校、中学校とも学級担任が担当する。

○新しい教育基本法の下で、社会総がかりで、徳育の充実に取り組む・学校のみならず、家庭、地域など社会総がかりで、徳育の充実を図る。

・国は、脳科学、社会科学等の科学的知見と教育の関係について基礎的研究を更に深めるとともに、その知見をもとに、発達段階に応じた徳育体系の在り方や、効果的な教育手法について整理し、学校教育に活用することを検討する。

「点数での評価はせず、専門の免許も設けない。小学校、中学校とも学級担任が担当する」

 要するに形式としては、これまでと何の変わりもないのです。

「もしかしたら『道徳』の免許をもった教科担任が来てくれるかもしれない」と淡い期待を抱いた先生たちはがっかりです。

 では何が違うのかというと、うまく言えないのですがたぶん、政治家たちの意気込みが違うのです。しいて言えば、「オレたちが、今までにない、すばらしい道徳教育を始めるぞ」と、おそらくそんな感じなのです。          

                                (この稿、続く)