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「教育再生の行方」③〜いじめ問題への対応

 今日、1月17日は「阪神・淡路大震災」から18回目の祈念日です。死者・行方不明者合わせて6400人余。東日本大震災があれほど広域の巨大地震と大津波にも関わらず死者・行方不明者が15800人余に留まったことを考えると、大都市直下の地震による被害の大きさに改めて驚かされます。今日はそのことについても子どもたちに話しておきたいと思います。
 さて、

 自民党政権公約のうちの教育再生、その中の大きな柱のひとつは「根本的ないじめ対策」です。それをどうやって果たすのかというと公約(「自民党政策BANK」)では以下のようになっています。

  1. 「いじめは絶対に許されない」との意識の共有。
  2. 今すぐできる対策(いじめと犯罪をはっきり区別、道徳教育の徹底、出席停止処分など)を断行。
  3. 「いじめ防止対策基本法」の制定。自治体への支援。
  4. 「教育長」を教育委員会の責任者とするなどの教育委員会制度の改革。
  5. 隠ぺいなどがある場合の国の直接介入。

  しかしたとえば①の『「いじめは絶対に許さない」との意識の共有』―実はこれぽちのことがとても難しいのです。なぜなら「いじめ」が定義できない、少なくとも定量的な意味では明確に説明することができないからです。
 例を挙げてみましょう。

「平成23年度『児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』結果について」(H24.9.1)によれば、「いじめ」とされるものの中で最も多いのは「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」であってこれだけで全体の65・9%に及んでいます。しかし同じ悪口の「ばか」でも、恋人同士の間で交わされる「ばか」と、集団からにナイフを突きつけられた状態で言われる「ばか」とでは全く意味が違います。それをいっしょくたにして一切の「冷やかしやからかい、〜」は「いじめ」であると定義されると人間関係が進んでいきません。

 また、いじめの第2位は「仲間はずれ、集団による無視をされる」(19・7%)ですが、これもすんなりとはいきません。5人の仲間のうちの一人を他の4人が嫌うようになる―よくあることですが、そうして敬遠し始めるとそれがすなわち仲間はずれ(=いじめ)であるといわれると、それもかないません。「一度仲間となった関係は、本人の意思で離れていく場合を除き、何人も分断してはならない」ということですから怖くて仲間作りなどできないからです。

 したがっていずれの場合も、「ある一定レベルを超えて」という条件付きで定義すべきものですがその「一定のレベル」は、それぞれの場合や個人によって異なります。いじめられているという意識のハードルの低い人もいれば高い人もいます。同じことをされても苦になる関係と気にならない関係があります。

 いじめ問題を考えようとすると、そんなふうに最初のステップで躓いてしまうわけですから、出席停止の判断基準だの「いじめ防止対策基本法」だのといった1段階も2段階も上のレベルに話が行きつかないのです。安倍政権はこうした厄介なテーマにどのように取り組んでいくのでしょう。そこから見ていかなければなりません。

(この稿、続く)