カイト・カフェ

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「未来の日本人」~井上ひさしが描いた日本

 だいぶ前のことですが、遠い場所に住むかつての友人から、「こういう話を知っているか」ということで長いメールをもらったことがあります。それは井上ひさしの絶筆、「一分の一」から抜粋したものです。

 1945年、第二次世界大戦に敗れた日本は、連合国によって東北地方はソ連、中部東海は米国に、近畿は英国にというふうに分割され、日本人は日本人でいながらパスポートなしには移動さえできなくなってしまった。そんな日本を再統一しようとして立ち上がったのが主人公の地理学者、モスクワの1/1の地図を作製してゴルバチョフから勲章をもらったサブーシャこと遠藤三郎です。
 彼は人に、「お前は未来にどんな日本を目指しているのだ」と問われてこう答えます。
「少なくも超高度の工業国ではない。森や林や水田をつぶしてそのあとへ工場を建てる国のような真似はしないつもりだ。食料の自給率が30パーセントなんてもはや国家とは言えないねえ。森と林と原っぱと水田、護岸工事をされていない川。その緑と水の中に点在する最新鋭の工場。働き終えた老人たちは尊敬されながらのんびりと余生を楽しむ……次代を担う子供たちは大人たちに愛されならも、きびしく公的精神と法に従う心を仕込まれる……その新しいニッポンは、人びとは万事につけて控え目で、質のいい食物をほどほどに食べる。とかく新しいニッポン人たちはひっそりと生きる。
 オリンピックでもメダルはとれない。せいぜいとっても銅二つ。ノーベル賞もとれない・・・・。そういう風に新しいニッポン人たちは目立たない。
 だが世界がなにかの危機に追い込まれとき、全世界の注目がいっせいに新しいニッポンへ集まる・・・・東洋のあの島国の人々は公正無私である。いつもなにか静かに考えている。あの静かな人々の知恵でこの危機を乗り越えようではないか・・・世界中がそう思いそう頼りにする国。以上がぼくのニッポンなのだが―」
 改めてこの部分を読むと、サブーシャの思い描く日本は明治の終わりか大正の初めごろ、日本のどこかにあった風景とぴったりと重なることがわかります。当時の日本は世界中に知られていたわけではありませんから、
「全世界の注目がいっせいに新しいニッポンへ集まる」
というふうにはなるはずもありませんが、
「東洋のあの島国の人々は公正無私である。いつもなにか静かに考えている。あの静かな人々の知恵でこの危機を乗り越えようではないか」
―そう思わせるものを持った人々がいた、それはほぼ確実なことです。
 翻って今の日本はどうか―。

 いくつかの部分はサブーシャの夢と異なっていますが、今もなお、多くの点で明治の日本人の血を私たちは強く引いています。
「次代を担う子供たちは大人たちに愛されならも、きびしく公的精神と法に従う心を仕込まれる・・・その新しいニッポンは、人びとは万事につけて控え目で、質のいい食物をほどほどに食べる。とかく新しいニッポン人たちはひっそりと生きる」
 世界基準からすれば、現在の日本もまさにこの通りです。
 その日本人を育てていることに、私はいつも強い誇りを感じています。