「“いじめ”はゼロではあってはいけない」~文科省調査の裏側で 

 
“いじめ”事件はここ数年、爆発的に増え続け、今後も減る見通しはない。
今年も多くの見落としがあったみたいだから、来年はさらに増えるに違いない。
いじめ100万件時代も目の前かもしれない
というお話

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「平成29年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」から作成)
 
【“いじめ事件ゼロ”は問題です】
 昨日(12月24日)のNHK朝のニュースで、「いじめ0件の学校 保護者などに公表確認 徹底されず」という話題を扱っていました。内容は、
 学校でのいじめを確実に把握しようと、国は、いじめの件数を0件とした学校に対し、保護者などに公表して確認を求めるよう通知を出しています。
 しかし、NHKが関東甲信越の1都9県を取材したところ、学校が公表したかどうかを確認したと回答したのは、長野県だけでした。

というものです。

 3年前、岩手県の中学校でいじめによる自殺事件が起こった際、学校側がいじめの件数をゼロと報告していた事実があり、国はいじめが年間0件と報告した学校に対して、保護者や子どもに公表して確認するよう求める通知を出していました。
 その求めに忠実に従った長野県は、調査の上で10件のいじめ事件を掘り起こし、さらにそれでも0と報告し続けた学校には職員を派遣していじめの定義等を詳しく説明し、追加で7校での掘り起こしに成功したというのです。
 その取り組みについては9月末に産経新聞が取り上げ、私もサイトの方で扱いました。
2018.09.29 いじめの認知「0件」の小中学校、定義の理解不十分な学校も 長野県教委の調査スマホの方はこちらから→http://www5a.biglobe.ne.jp/~superT/kiethout2018/kieth1809sh.htm#i4

 昨日のNHKニュースは、同種の調査が他県でも行われたかどうかを独自に調べたものですが、少なくとも関東甲信越では他に例がなかったようです。長野県の丁寧さが分かります。
 さすが教育県と呼ばれるだけのことはあり、権力に対して素直で、しかも徹底しています。他の都県は文科省の意図が読めていない。


【子どもの心が少しでも痛みを感じたら、それは“いじめ”です】
 とにかく文科省都道府県教委も「いじめ件数ゼロ報告の学校でのいじめ事件」にウンザリしているのです。教師は何を見ていたのだ、学校は何をしていたのだというところから始まると、まとまる話もまとまらなくなってしまいます。

 そこでは、
「特に自殺を引き起こすような重大ないじめは、学校に隠れて行われる」
とか
「自殺に至るような重大ないじめを知りながら、親にも知らせない学校はない」
とかいった論理は通用しません。
「とにかくいじめの調査はいつもしっかりやっていた(だからとても細かな部分まで承知していた)」
という事実が必要なのです。
 ですからどんな些細なものであっても数字に挙げてもらいたい――。

 昨日のNHKのニュースは、
「教員の間でもいじめの認識に差があり、子どものSOSを見逃さない環境作りが大切だ」
という長野県教委の担当官の言葉で結ばれています。その差を埋めるための指針というものがいくつも出ていて、それに精通しているかどうかが分かれ目です。

 例えば2016年3月18日に文科省から出された「いじめの認知について」「いじめの正確な認知に向けた教職員間での共通理解の形成及び新年度向けた取組について(通知)」には、報告すべき具体的な例がいくつも出ています。

 Aさんが算数の問題を一生懸命に考えていたところ、隣の席の算数が得意なBさんは、解き方と答えを教えてあげた。Aさんは、あと一息で正解にたどり着くところであり、答えを聴いた途端に泣き出してしまった。このことでBさんは困惑してしまった。


(定期的に実施しているアンケート調査で、Bが「いじめを受けた」と回答した。そこで、Bと面談で確認するなどした結果、以下の事実があったことを確認できた。)
 体育の時間にバスケットボールの試合をした際、球技が苦手なBはミスをし、Aからミスを責められたり他の同級生の前でばかにされたりし、それによりBはとても嫌な気持ちになった。見かねたCが「それ以上言ったらかわいそうだよ」と言ったところ、Aはそれ以上言うのをやめ、それ以来、BはAから嫌なことをされたり言われたりしていない。その後、Bもだんだんとバスケットボールがうまくなっていき、今では、Aに昼休みにバスケットボールをしようと誘われ、それが楽しみになっている

 これらはいずれも“いじめ”として扱い、報告すべき事例です。「いじめ」という言葉を使って指導するかどうかは別ですが(というのは「いじめ」と口にすることでこじれる問題もあるからです)、報告及び学校側の対応としては“いじめ”であると考えなくてはいけません。子ども同士の五分のケンカも双方による“いじめ”です。

 そう考えると「いじめ件数ゼロ」が、いかにあり得ない話かは自ずと知れてきます。


 タイトルに上げたグラフに見るような爆発的いじめ事件の増加は、そうした定義と文科省都道府県教委の努力によって達成されたものであり、今回NHKが長野県以外の都県の不備を明らかにした以上、来年度はさらに徹底した調査・報告が行われるはずです。
 “いじめ100万件時代”は目の前に迫っているのかもしれません。


【今後何が変わって何が変わらないか】
 正直言って、私にはこのような“いじめ”のインフレ報告が良い状況を生み出すとは思えません。
 “いじめ”と名がつけば教師は対応せざるを得ず、始めれば徹底します。

 先日問題となった奄美中1自殺事件も、「消しゴムのかすを投げられた」とか「しつこく方言を言ってきた」とかいった訴えを担任が看過しなかったことから、加害者と目された生徒が追い詰められ自殺したとされる事件です。

 逆に、なんでもかんでも“いじめ”とすることで、いじめに対する感受性が薄れることも考えられます。1校で数十件も発生すると対応もしきれませんから、ほったらかしにするのが常態となってしまうからです。

 しかし実際問題としては、いじめに対する具体的対応は今とさほど変わらないのかもしれません。

 9月の産経新聞によると、長野県はいじめの報告件数がゼロの学校とともに、数百件に及んだ過剰報告の学校も訪問していますから、報告すべき適正な数というのがどこかにあるのでしょう。

 今後はその「適正な数」を探りながら、報告書には上げられるだけの数を上げ、実際にどう対応するか(担任レベルで押さえるか、学年対応か、はたまた校長を先頭に学校体制で当たるか)は、その都度考えるか別に内規をつくるしかないでしょう。おそらく大半は、これまで通り担任に任されるはずです。

 具体的対応はこれまでと変わらず、しかし仕事量は増えます。
「どんな些細な“いじめ”も報告しろ」ということは、「それに付随する書類を学校は用意しろ」ということです。担任は以前は書かなかった「こんな訴えがありました」「こんな喧嘩がありました」といった文書をたくさん書くことになります。

 働き方改革で早く家に帰らなくてはなりませんから、家に帰ってから書いてもらうことにしましょう。
 嗚呼!