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「7・18NHK『クローズアップ現代+』のどこが微妙だったのか」②〜いじめ問題は金で解決できる

 7月18日の「クローズアップ現代+」、「なぜ続く“いじめ自殺”〜子どもの命を救うために〜」は、最後にいじめ問題の根本的な解決につながるかもしれない取り組みとして、大津市の例を紹介しました。

www.nhk.or.jp 大津は6年前、全国に大きく報じられることとなったいわゆる「中2いじめ自殺事件」のあった市です。市はこの事件に対する痛切な反省から「大津市 子どものいじめの防止に関する条例」を定め「大津市 いじめの防止に関する行動計画(地方いじめ防止基本方針)」を策定して二度と同様の事件を起こさないよう、「子どもをいじめから守るために二重三重の体制で対応」していこうしてきました。
クローズアップ現代+」が取り上げたのは、そのうちの二つの制度です。

 

「いじめ対策担当教員」と市役所「いじめ対策推進室」

 番組では「いじめ対策の専門の教員」という言い方をしていましたが、大津市は市内の全小中学校55校に担任を持たない「いじめ対策担当教員」を配置し、日常的にいじめや、いじめに発展しそうな事例を拾い出し、対応する体制を取っています。

 一般に学校において「○○教員を配置する」といったら眉に唾をつけて調べなければならなりません。
「司書教諭を配置する」「特別支援コーディネーターを配置する」といっても必ずしも教員の数が増えるわけではなく、単に現有の職員に資格を取らせるだけ(その先生は忙しくなる)ということもありますし、「副校長を配置する」が「教頭を廃止する」と同じ意味であって結局やることも人数も変わらない、といったことがままあるからです(というかそれがほとんど)。

 しかし大津は実際に1名ないしは2名を増員しているらしく、番組は彼らが空き教室(体育や音楽の授業で生徒がそちらに移動して空になっている教室)を回って掲示物へのいたずらなどいじめの兆候がないかを確認したり、休み時間に起こった生徒間トラブルに即応して本人から話を訊き、必要に応じて担任たちを集めて対策会議を開いたりしている様子が映されていました。
 もちろん「担当教員」には生徒指導のベテランを当て、その不足分を市が増員した講師で補っているのです。

 そうした「いじめ対策担当教員」を各校に配置する一方で、大津市は市役所の中に市長が直接指揮を執る「いじめ対策推進室」を置き、弁護士・臨床心理士などによる4人の相談員を常駐させて常に第三者の目で学校をチェックしようとしています。
 児童・生徒・保護者も直接に相談ができ、内容に従って相談員が家庭に赴き、あるいは学校に働きかけて問題を小さなうちに解決しようとしています。
クローズアップ現代+」ではこの制度について、市長の、
「学校の中の閉鎖的な組織から離れて違う見方をすることが大事」
という発言を紹介しています。「推進室」が市長直属、つまり教育委員会の外にあって外部からチェックするというところに大きな意義を感じているからでしょう。

 

評価

 私は大津市のこの取り組みを非常に優れたものだと感じています。
「いじめ対策担当教員」が発見して対応するのはいじめ問題に留まりません。児童生徒の悩みや人間関係のトラブル、家庭のこと、学業――問題が小さなうちならパッチをあてる程度で済みますが、傷が大きくなって開いてからでは縫ってもきれいに治るとは限りません。

 また市庁舎に「推進室」があって、子どもや親が直接相談できるというのも優れた仕組みです。教師の方がいくら敷居を低くしても、それが高すぎると感じる人はいくらでもいるからです。本来は教育委員会の中に置くべきものですが、“市教委による隠ぺい”が大きな問題となった大津市では難しかったのでしょう。「教委の外」ということが市民に安心感を与えているのかもしれません。
 とりあえず大津市のこの試みが、最低基準として全国に広まっていってほしいと、私も願います。

 

しかしやはり「クロ現+」もダメだった

――と、ここまでには大きな不満はないのです。細かな点で異論はあっても25分の番組ですべてを網羅せよとは言いません。
 しかしこの回の「クローズアップ現代+」はまったくビミョー。はっきり言ってまるでダメな番組でした。それは最後の10分間のまとめの部分で起きたことです。

「こうした取り組みを全国に広めていくための課題は?」
という司会者の問いかけに尾木直樹氏はこう答えるのです。
「大津のみたいに(学校に)ずーっと深く入っていくことを躊躇する首長さん、市長さんがおられるんですね。教育委員会は独自性を戦後ずうっと保ってきましたから、あまりにも介入してはいけないんじゃないかと考えている。
 また責任を持ちすぎて重荷になるのは嫌だなあと思われる市長も少なくないような気がします。命のことが第一ですから縄張りのようなことは言っていないで、やってほしいなと思います」

 私は最初、何が語られているのかさっぱり分からず戸惑いました。そしてようやく尾木氏やNHKが、大津市の取り組みの広がらない理由として、「首長直属の『推進室』が教育委員会の領域を侵すことへの首長自身の抵抗感」を考えているのだと気づいてびっくりしたのです。

 司会者はさらに 、
「いじめそのものをなくすためには何ができるでしょう」
と問いかけ、尾木氏はこんなふうに答えます。
「一番は大切なのは先生方の感性。先生方がパッと心が動いて、『ああ、あの子は笑っているけどつらいんだな』とパッと気づける感性。人間性豊かな先生になってもらいたいと思います。
 ところがいま労働問題などでも一日11時間半も働いているとか、もうこれでは完全に無理なんですね。
 だから社会的な支援というものをいろいろな形で、PTAもメディアも『社会的支援で学校をバックアップしているよ』ということを、メッセージで出していくことも重要です。スポット(広告)でもいいから『いじめなくしましょう』というのでも、テレビで流してもらえると嬉しいですね。
 そして人権が尊重される、誰もが安心安全な学校を作っていくという一点で、みんな力を出しててもらえると嬉しいと思います」

  さらに、
「いじめをなくすことはできますか?」
「これは出来ます。世界の動きを見ていると必ずできます」

 ここまでくるとほとんど支離滅裂としか言いようがありません。

 結局教師の感性・人間性帰納するとしたら、大津の例など必要ないはずです。しかも教師の感性・人間性を高めても 、
一日11時間半も働いているとか、もうこれでは完全に無理なんですね
という話になるなら、そもそも何のためにその話を持ち出したのか――。
 さらにその結果「労働時間を減らす」方向に話が行くと思ったらそうではなく、
PTAもメディアも『社会的支援で学校をバックアップしているよ』ということを、メッセージで出していくことも重要
 つまり声で応援していくという話になる――。それで
人権が尊重される、誰もが安心安全な学校を作っていけるものでしょうか?

 いじめをなくすことは――出来ます。世界の動きを見ていると必ずできます  
 世界の動きが人権尊重に向かっているとは思っていませんでしたが、トランプ大統領プーチン大統領、金委員長やドゥテルテ大統領、移民の流入を嫌ってEUを離脱したイギリス国民、劉暁波氏を手厚く葬った習近平主席らととともに、私たちはいじめのない世界をつくっていくしかないのでしょうか?

 

大津市のすごさ――いじめ問題は金で解決できる

 大津市から学ぶべきことは、全国の首長は教育委員会の領域を侵すことを恐れず、直接介入して指導をせよということではありません。そんなことを言えば、教育勅語をやらせたい首長さん、国歌を全員にきちんと歌わせたい首長さん、あるいは自分好みの教科書を使わせたい首長さんなど、みんな喜んでホイホイ行ってしまいます。

 そうではなく、大津市の取り組みで最も優れていて他市町村が真似できそうにない点は、「いじめ対策担当教員」配置のために毎年2億円もの予算を当てて講師を確保しているということです。「いじめ対策推進室」が使う年間予算も合わせると、たいへんな金額がこの事業につぎ込まれています。

 しかもこの事業はうまく機能している限り“何も起きない”
 道路建設やイベント実施のように、“予算をつぎ込んだら何かが起きた”というなら説明しやすいのですが、“何も起きない”ことが成果だと説明するのは非常に難しい。
 仮に大津市のいじめ件数や不登校が大幅に減ったとしても、それが「担当教員」や「推進室」のおかげだということや、2億円の価値があるということを証明するのはとても困難なのです。
 それを大津市はやり続けている−―。
 皮肉な言い方をすれば2011年にあれほどの大きな事件を起こした大津だからできたことなのかもしれません。それでも他の市区町村に広げられないものか――そこが一番の課題です。
 30年もやっている一流の(と言われる)教育評論家なら、まずそこから答えるべきでしょう。

 私は尾木直樹という人がバカだとは思いません。ずるい人だと思っています。 「日本全国の市区町村は大津に倣って『いじめ対策担当教員』を配置すべきだ」などと言ったら日本中のどこからも講演会に呼んでもらえません。自分が招いた講師がそんなことを言い出したら、首長は困るに決まっているからです。
 逆に「首長はもっと直接的に学校教育に関わるべきだ」と言えば、喜んで声をかけてくれます。

 NHKもバカではありませんからそんなことは百も承知ですが、尾木レベルの評論家を最後に置かないと、番組が締まらないから来てもらったのでしょう。

 一番最後の司会者のまとめ、
「いじめをなくし子供の命を守ることは待ったなしの課題です。子どもを学校任せにするのではなく、私たちも当事者として、社会全体で支える段階に差し掛かっています」
 この言葉の虚しさは、そうした妥協から生まれたものなのかもしれません。