カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「歳をとると人的資産は減る一方で増えることはほとんどない」~高齢者の人間関係

 自分の周りから人がいなくなることに関して、
 母はどのように対処してきたのだろう。
 歳をとると人的資産は減る一方で、
 増えることはほとんどないのだ
 という話。(写真:フォトAC)

【母はどのように人を失っていったのか】

 97歳の母がいます。
 ここまで長生きすると、すでに両親は他界し(当たり前ですよね)、三人姉妹に弟二人の五人姉弟のうち、姉二人、弟一人が亡くなって、残る一人も疎遠。自分も含めて姉弟の配偶者のうち残っているのは義妹ひとりになっています。
 友だちは――亡くなったと明らかな人もいますが、みな長命なので、遠くに住む息子に引き取られただの施設に入っただの、そんなふうにしているうちにひとりひとり連絡が取れなくなり、今は電話を掛けるような相手もいません。
 私を含むふたりの息子とその家族だけを残して、母の人的資産はほぼ払底したと言えます。
 どんな思いで自分に繋がる人々を見送ったのか、家族や友だちを失っていく気持ちはどうだったのか。聞いたことはありませんが、90歳を過ぎてからはどこか淡々とした感じがありました。
 
 私は若いころに大病をしましたから母のように長生きはしないと思いますが、今の母の姿はこの先の私に一部重なるところがあるはずです。家族や友人を少しずつ失い――しかし母のように丸裸になる前に、私自身が消えることになるのでしょう。
 自分が消えることは苦になりません。しかしいま、手の中にあるものがひとつひとつ失われていくのはほんとうに辛そうだなと、今から気持ちが暗くなります。

【失った資産、危うい資産】

 3年前、私よりかなり若い元同僚を病気で失いました。
 中学校の教員だったころに同じ学年の学級担任として3年間、ともに働いた人です。生徒たちを卒業させて別々の学校へ転出した後も、教え子の成人式や厄年の会などで会うことは稀にあったのですが、あとは年賀状だけの関係でした。ところが数年前の4月、突然「病気のために早期退職した」という通知が来て、今から思えばそのときすぐにも連絡を取ればよかったのですが、今は“病気”が“心の病”であることも少なくなく、声をかけられないままにいたら3年前の年の暮れ、新聞の死亡広告に名前が載っていたのです。あとで聞けばガンだったそうです。
 早期退職するくらいだからよほどの病気、と考えればよかったのに、なぜ死に至る病だと思わなかったのでしょう。話を聞くだけでも力になれたのにと、後悔にさいなまれました。
 
 話は変わりますが、昨年10月、しばらく更新のなかった友人のブログに新しい記事が出て、見たら「だいぶ体力も回復したので散歩に出た・・・」という記述がありました。暗にそれまでは“散歩にも出られないほど体力が落ちていた”と言っているわけですから驚きました。5月に会った時はとても元気で、ブログ上も何か問題があった様子は見られません。よく読んだら前の記事との間に2カ月近い間がありましたが、それもこの人には珍しいことではないのです。そこで「なにかあった?」とLINEで書き送ると、
「お気遣いありがとうございます 実は健診で肺がんが見つかって手術しました 1月からは抗がん剤治療になります」
 息が詰まりそうになって天を仰ぎました。私も肺がんだったけど助かったよという話が励みになるかどうか分かりませんが、自分の闘病に関する古いブログ記事を紹介し*1、見舞いの果物を贈っておきました。その彼は昨日から抗がん剤治療を受けるために入院しています。

 その友人の異変に心震わせながら、これも5月に会ったばかりの会社員時代の先輩に電話をします。その時点ですでに糖尿病でずいぶんと体も弱っていました。
「どうです? 元気ですか」
 そう声をかけると、
「いや、元気でもないんだよ。今、入院しててさ、左足の先から壊死が始まって、9月に左足を切断したんだよ。太ももから下」
*1:「がん病棟より」①~バージンロード

【10年の後悔】

 元日になって年賀状が思いのほか少なく、年賀状じまいや返信なしも相当な数になって私は少々参っています。
 現職のころは忙しくて大切にしてこなかった人間関係があったとしても、この10年については、もっとやっておくべきことがあったと後悔しているのです。歳をとると人的資産は減る一方で増えることはほとんどありません。会えるときに会っておかないと人は失われる――若いころには気づかなかったことでした。