「昭和はさほど、昔じゃない」~私たちの青春時代と今の若者の、それぞれの”30年前″を比べてみた

 平成、令和と改元が2回もあり、昭和はずいぶん遠くなったように思える。
 しかしあんがい生活は変わっていないのだ。
 私たちが明治・大正を見たのと同じような目で、
 若者たちが昭和・平成を見ているわけではないと思う。

という話。

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(写真:フォトAC)
 
 

【昭和:パソコンもスマホもない時代】

 どういう話の流れだったか覚えていないのですが。先日妻がこんなことを言いだしました。
「いまの若い人にとって『昭和・平成・令和』って、私たちの『明治・大正・昭和』っていう感じになるのかしらねえ」
 かつて自分が明治の人を見ていたような思いで、昭和生まれの自分は見られているのかしら、という方向に進んでいく話でした。
 
 妻は昭和30年代生まれなので、まだ「若い人」だったのは昭和50年代。そう考えると「明治・大正・昭和」は「65年以上前、50年以上前、現在」に相当します。
 ただし「今のひと」といっても令和生まれは最高齢でも3歳ですから、この子たちの時代感覚を問うわけにはいきません。そこで現在20歳の人を基準に考えると、この人たちにとっての「昭和は30年以上前、平成は3年以上前、令和は現在」。つまり私たちの「明治・大正・昭和」とはずいぶんずれがあります。もっとも明治も終わりではなく初年まで遡れば私たちの青春時代から100年前、昭和も元年まで考えると今の若い人たちの94年前ですから大差ないとも言えます。

 ただしそれは数字で示せる範囲のことで、主観的な時間となるとまたどうなるか分かりません。なにしろ昭和のころは、現代の必需品“携帯電話”はスマホどころかガラケーもなく、パソコンもかろうじて昭和の最晩年に、わずかに登場しただけです。それもプログラムを自作で走らせる高級なおもちゃで、ロクなソフトもなく(たいていは素人のつくった簡易ゲーム)、インターネットもありませんでした。
 
 

【21世紀は思ったよりも進んでいなかった】

 時代は変わったものですと、そんなふうに書きながら、現在が昭和とどれくらい違うのか、ざっと部屋を見回すと意外と変化の少ないことに気づきます。
 液晶の薄型大画面テレビはありませんでしたが、たぶんに意識の問題で、55インチのテレビを消して、途中から24インチのパソコンモニタで続きを見てもあまり苦になりません。昔の30インチテレビで見る世界も、そんなに小さなものではなかったような気がします。

 昭和には台所のIHレンジもなければLEDの照明もありませんでした。しかしガスレンジも蛍光灯もあり、妻などはIHになってから大胆な調理ができなくなったと嘆きますから、必ずしも進歩が良いとばかりは言えません。
 同じことは運転についても言えて、マニュアル車の、カーブの入り口でブレーキを踏みながらクラッチを切ってシフトレバーを忙しく切り替え、出口で繋いでアクセルを思い切り踏み込んで加速する、あの感じは失わずに済むものならそのままにしておきたかったものです。

 映画やアニメでは2001年には背広姿で宇宙旅行をし(「2001年宇宙の旅」)、2003年には胸に超小型原子炉を入れた人型ロボットがバンバン空を飛んでいる(「鉄腕アトム」)はずでしたから、それに比べると文明はまったく進まなかったことになります。

 しかしそんなものでしょう。
 近未来映画に描かれる風景はたいていが大都市ですが、「マイノリティ・リポート」や「AI」「エクス・マキナ」で描かれる郊外の風景は、21世紀であろうと22世紀であろうと現在とあまり変わりありません。それはそうでしょう。開発から取り残される地域は当然ありますし、太陽と水の恵みがある限り、農産物のすべて工場に移す理由はどこにもありません。

 私の住む田舎の風景で昭和と違うものあるとすればおそらく24時間営業のお店だけです。
 コンビニの24時間営業は1975年(昭和50年)に始まると言われていますが、全国に広がるにはけっこう時間もかかったのです。私など、昭和60年代に入っても遅くまで仕事をすると夕飯が食べられずに困った記憶があります。しかしそれ以外はほぼ昔のままです。
 都会でも、スカイツリーお台場海浜公園もありませんでしたが、新宿副都心の超高層ビル群はありましたし目を低く置いたままだと、30年間、全く変わらない風景はいくらでもあるでしょう。
 
 

【結論:昭和はさほど昔ではない】

 一方、私たちが青春時代を送った昭和50年代から30年遡ると、戦争中だという点は覗いても、とんでもない生活の差があります。
 テレビはない、炊飯器もない、冷蔵庫もなければ煮炊きは薪。洗濯機もない自家用車もない、コンビニもないうえスーパーもない、ふろ場がない、トイレが外、場所によっては水道もない――これではタイムマシンで戻っても生活自体ができそうにありません。

 私たちにとっての「明治・大正・昭和(初期)」はたいへんな“昔”でした。敗戦と高度成長期が挟まりますから、風景自体がまったく異なるのです。
 今の若者からみる「昭和(後期)・平成」は、それに比べたら“ちょっと昔”くらいなものでしょう。そう結論して、夫婦の会話を終えました。