「誤用②『健全な精神は健全な肉体に宿る』」

 私は生来体質が虚弱で、小学校1・2年生の頃は養護学級にいたくらいです。スポーツも、どれもこれも普通程度にはできましたが特に取り柄はなく、体つきもヒョロヒョロしてましたから(妙な言い方ですが)今でも肉体労働者に対しては屈折した劣等感を持っています。
 そういう私にとって「健全な精神は健全な肉体に宿る!!」というのは非常に辛い言葉で、「じゃあワシャぁ、いつまでも不健全な心のままなのかぁ」と大いに僻んだものです。

 しかし大人になってから疑問を持ちました。
「健全な精神は健全な肉体に」機械的に宿るなら、道徳なんかやらずに体育だけやってればいいんか? 走ってりゃァなんとかなるんかぁ? と。そして調べてみることにしたのです。その結果、

「健全な精神は、健全な肉体に・・・」は古代ローマの詩人ユウェリナス『風刺詩集』の中に出てくる言葉だそうです。しかし最後が違います。正しくは「健全な精神は、健全な肉体に宿れかし(宿るように・宿ればいいなあ)」、平たく言えば「体ばっかし鍛えていないで、少しは心も磨きなさい」といった意味なのです。これなら分かります。

 この、「古代ローマの大詩人の詩の一節」などといったマイナーなものが世界的になったのには理由があります。
 それは(200年以上前の話ですが)イギリスのインド植民地支配の総本山「東インド会社」の重役夫人たちが、貧しいインド人の青少年のためにボランティア活動を始めたことに始まります。
 教育を施そうというのですが、その時のスローガンが「健全な精神は、健全な肉体に宿れかし」。端的に言えば「お前ら体ばっかし丈夫なバカだから、教育を施してやるぞ」ということです。

 入学式などでこの格言を引用する方がいますが、そのたびに心の中で「お前ら体ばっかし丈夫なバカだから、教育を施してやるぞ」と読み替えて、私は一人、ほくそえんでいます。その人が間違っているから笑うのではありません。時には「お前ら体ばっかし丈夫なバカだから、教育を施してやるぞ」でいいと思う場合があるからです。

 ユウェリナスの詩のこの部分を原語のラテン語で書くと以下の通りになります。
  Anima Sana In Corpore Sano.

 その頭文字を取って社名にした企業があります。スポーツ用品のASICSがそれです。