カイト・カフェ

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「アバターに繋がる人、アバターを切り離す人」~若者の間で安否確認アプリの利用が広まる①

 バーチャル世界を現実の延長と捉える人、
 バーチャル世界を切り離す人、
 ともに仮想空間の住人でありながら、
 現実世界との距離が全く違う、
という話。(写真:フォトAC)

【取っ掛かり】

 一昨日、月曜日に考えたことは、
 「これからの時代、仕事にしても、食事などの基本的な生活にしても、生身の人間にほとんど触れず、外出することもなく過ごすことができるようになる。人間関係もネットを通したものに限ってしまえば、価値観を同じくして気持ちの合う連中とだけ付き合っていけばいい。昔と違って友だちは日本中、いや世界中から探せばいいのだから、親友を見つけるのも難しくないだろう。ゲームをともに戦う仲間も頼りになる」
というようなことでした。

 ところが昨日の朝の7時のニュース、「おはよう日本」を見ていたら、「現役世代 孤独↑ “安否確認”利用広がる」という不思議な話題をやっていて、やや心が揺らぎました。

【孤独だが誰にも言えない】

 話は昨年、内閣府が発表した「孤独感(年齢階級別)」というグラフから始まります。それによると、孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人の数が、20歳代で7.1%、30歳代で6.9%もあったのです。社会的になんの役割も持たない私のような70歳代~80歳代が中心だと思っていたのに、その年代で孤独感を持つ人数はわずか2.7%、2.8%。20代・30代で孤独を感じている人たちは、私たちの2.5倍以上もいるのです。たいへんな数です。
 そんな中で、いま、スマホの安否確認サービスが若い現役世代に利用され始めている、というのがニュースの核です。60歳前後の人たちに向けて開発されたアプリに20代・30代の利用者が増え、5年間で10倍の1000人を越えたというのです。

 サービスのやり方はいたって簡単で、登録した利用者のところへ数日ごとにLINEのメッセージが届き、それにOKボタンを押すという、ただそれだけのことです。
 6年前から利用している女性は、こんなふうに言います。
 安否確認をポチと押すだけでいいので、それが楽。このサービスがあるおかげで、ちょっと負担が軽くなった、というのがありました。
 
 この女性がサービスを利用し始めたのは、新卒で教師として働くようになってから3か月目、
 糸がぷつんと切れた感じで、すべてのやる気がなくなったという感じです。(でも)あまり深く関わってもらいすぎると相手がしんどくなりそうだな、というのは思っていたので(ひとには話さなかった)、親とも連絡を絶っていた。ほぼしなかった。友だちから連絡が来たときには、当たり障りないことを言って自分から会話を切る。
 
 食事や入浴がままならなくなっても、親しい人には迷惑をかけたくない気持ちが先行したといいます。複数のアカウントを使っているSNSでも助けを求めることができず、趣味のゲームでつながっている人たちに対しても、根本にある悩みは明かせなかったといいます。
 そこ(SNS)では元気な姿しかそれまで見せていなかったのですよ。私がこの気持ちを吐露したら「大丈夫?」と心配させるのが嫌だったし。あと、いろいろ聞かれるのもかなりストレスだったんですよね。

 ここには先週、話題にした「ゲームの中には別の世界――そこで知り合った人と結婚したり仲間の死を弔ったりするもうひとつの世界があり、しかも現実と密接に繋がっている」という話とはまったく異なる、別種の人々がいるのです。

アバターに繋がる人、アバターを切り離す人】

 先週あつかった、
アバターといえど現実に生きる私たちの化身。そこにリアルの人間が色濃く出るのは当然だし、現実の虚飾を纏わない分、リアルよりもリアル。現実のしがらみのない分、喜怒哀楽も素直に出せる」
という理屈は、それはそれでよく分かるもので、だからこそ私もこころ魅かれたのです。しかしそうではなく、
「バーチャルの世界はあくまでもバーチャル。現実世界ではみっともなくて、カッコウも悪く、人の役にはどこかで立っているだろうけど実感できなくて、情けなくて、生きる張り合いも感じられない、そういう自分が、ゲームの中ではさまざまな役割を演じることで、生き生きと生きられる。それは他のアバターも同じで、だからこそリアルな自分を中で曝してはいけない」
と、これもよく分かる理屈です。いや、もともとはこちらの方が理解できるものでした。

 今回、改めて知ったのは、LINE友だちもまた一種のアバター同士のやり取りだということです。
 私は年賀状について年初めに、
「年に一度の年賀状のやり取りが程よく、『これからはLINEで』と言われても近すぎて二の足を踏む関係がある」
といったことを書きましたがそれと同じで、LINEで会話するのが程よく、深い悩みや苦しみを語るほどの関係ではない、そういった距離もやはりあるようなのです。

【現実世界で関係を繋げる人は無関係な人】

 その上で、
 あまり深く関わってもらいすぎると相手がしんどくなりそうだな、というのは思っていたので(あまりひとには話さなかった)、親とも連絡を絶っていた。ほぼしなかった。
 そこ(SNS)では元気な姿しかそれまで見せていなかったのですよ。私がこの気持ちを吐露したら「大丈夫?」と心配させるのが嫌だった
 ひとに迷惑をかけたり傷つけたりすることにあまりにも神経質で、1mmたりとも負担はかけたくない。そうなると、現実世界では何もできなくなります。
 また、その思いやりはおそらく他人に対するものではなく、
 いろいろ聞かれるのもかなりストレスだった
という、自分への思いやりといった気もしないではありません。そこで、
「安否確認、ボタンをポチ」
なのです。

 ボタンの先には生身の人間がいる。押さなければ24時間後に改めて連絡を寄こし、それにも反応がなければ今度は実際に電話で呼びかけてくる、そういう人がいる――しかしその人は普段は何もしてくれないし、こちらの生活に絡んでくることもない、だから楽。

 現実世界とはたった一点でしか繋がれない――ああ、今の時代を生きる若者たちの、なんとたいへんなことか!
(この稿、続く)