「戦争に負けるということの意味」~ウクライナは簡単に白旗を挙げない

 日露戦争でも太平洋戦争でも、
 おそらく日本は敵国の首都まで占領するつもりはなかった。
 しかしナポレオンはモスクワに入り、ヒトラーはパリを陥落させた。
 戦争に勝つということ、負けることの意味が違うのだ。

という話。f:id:kite-cafe:20220328084502j:plain(写真:フォトAC)

【第二のシベリア抑留が始まったのかもしれない】

 先週土曜日(3月25日)の読売新聞に「ロシアに1万5千人の住民が強制連行され、極東送りの情報も…ウクライナ側が非難」という記事がありました。

www.yomiuri.co.jp それによると、
ウクライナに侵攻しているロシア軍が、包囲と攻撃を続ける南東部マリウポリの住民を強制連行しているとウクライナ側が非難している。マリウポリ市議会は約1万5000人が連行されたと説明している。最終的に露極東サハリンなどに送られ、ロシアからの出国を2年間禁じられるという」
とのことです。事実としたら由々しきことです。「極東サハリン移送」などと聞くと、私たち日本人は第二次世界大戦後のシベリア抑留を思い出さざるを得ないからです。

 1945年8月、日本がポツダム宣言を受諾して無条件降伏すると、東アジアから東南アジアにかけての占領地域で日本軍の武装解除が行われました。そのとき米軍の下に投降した日本兵のほとんどが、その後内地に移送されたのに対して、旧ソ連軍の下で武装解除された兵と民間人の多くは旧ソ連シベリア地方に送られ、強制労働に従事させられたのです。その数57万5千人と言われています。
 環境や労働は過酷を極め、およそ1割に当たる5万8千人が現地で死亡し、多くは5年以内に帰還できましたが11年もの長きにわたって抑留生活をせざるを得ない人もいたのです。1950年代の中ごろに流行した「岸壁の母」という歌謡曲は、シベリア抑留から帰還するかもしれない息子を舞鶴の港で待ち続けた母親の物語です。

 今日マリウポリから極東に移された人たちはパスポートも没収されたといいます。ここまで街に残った人たちですから陰に陽に都市防衛に尽くした人たちでしょう。極東で何をさせられるのか、いつウクライナに帰れるのか、分かったものではありません。

【ホロドモール~戦争に負けるということ①】

 ここ数日は状況がずいぶん変わってきましたが、ほんの一週間ほど前まで、キエフの市民を犠牲にしないためウクライナ政府は敗北を認め、一刻も早く講和に持ち込むべきだという考えが橋下元大阪府知事テリー伊藤氏らによって盛んに提唱されました。しかし私はシベリア抑留に見るように、ロシアに対する敗北は甘いものには思えないのです。太平洋戦争後に日本を占領した合衆国とは違うのです。

 1930年代前半、世界の国々が大恐慌の影響に苦しんでいる中、当時のソビエト連邦は比較的豊かな生活を謳歌していました。その理由が分からずにモスクワまで乗り込んだアメリカ人ジャーナリストは、「だったらウクライナに行け」というアドバイスに従って、1920年前後の独立戦争に負けてソビエト連邦編入されていたウクライナに入ってみました。するとそこには地獄の風景があったのです。
 ソ連政府はウクライナの富農を追放して農地の国有化を進めるという名目のもと、豊かな穀倉地帯からありとあらゆる穀物と種子を収奪してモスクワに送り込んでいたのです。国内には餓えて苦しむ国民が多数いるというのに、その間ずっとウクライナは世界有数の食糧輸出国だったのです。1932年~1933年の間に飢餓によって亡くなったウクライナ人は330万人~数百万人とも言われ、このできごとは「ホロドモール(原意は「飢えと疫病」の合成語)」という名でウクライナ人の記憶に留められています。

カティンの森事件~戦争に負けるということ②】

 1943年4月、ポーランドに侵入したナチスドイツは「カティンの森」と呼ばれる場所でポーランド将校4443人の埋められた遺体を発見し、これをソビエト連邦の仕業だと発表しました。ソ連政府は激しく反発し、ナチスドイツの自作自演だと主張しましたが、戦後の調査で1940年ごろにソ連軍が起こしたものだと明らかになりました。現在では殺されて埋められたのは将校だけでなく、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者など全部で2万2千名あまりだと判明しています。ソ連は第二次大戦後のポーランドが二度と歯向かうことがないよう、軍の中枢を根こそぎ潰そうとしたのです。
 現在プーチン大統領ウクライナに要求している「非武装・中立」が、単に武器をもたないというだけのことなのか、それとも武器が使える軍人や警備隊員・警察官までも抹殺してしまうということなのか、武装解除に応じる前にしっかりと考えておかなくてはならないことでしょう。

【国、破れて山河もない~戦争に負けるということ③】

 東ヨーロッパの人々が「敗戦」というと思い浮かべるのはそういう心象なのです。支配されるということ、政府を奪われるということは、数万人~数百万人、場合によっては数千万人が命を奪われ、あるいは国土を棄てさせられて、世界に散逸するということです。決して日本のように豊かで寛容な民主主義国に占領されて新たに生まれ変わり、豊かな国になりました、という話にはならない。アメリカだって自国の利益優先、やり方が違うだけだという言い方もありますが、少なくともソ連(ロシア)のように粗野で残酷ではないように思います。

 キエフの数十万人の命はもちろん大切ですが、押し返す可能性を棄ててロシア軍を迎え入れても、死傷者がずっと少なくなるという保証はまったくないのです。現代に生きるプーチンは100年近く昔のスターリンよりも寛容で優しいと考える根拠はどこにもありません。