カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「なぜ学校の人事異動は極秘みたいになるのだろう」~早く新年度準備を始めたいのに、いつまでも陣容が見えてこない

 来年度の学校の教職員構成、
 いつまでたっても教えてもらえない。
 新年度準備に早く手をつけておきたいのに、
 どうして極秘事項みたいなってしまうのだろう?
 という話。(写真:フォトAC)

【新年度準備、しかしいつまでも来年度の陣容が見えてこない】

 いよいよ卒業式も佳境。
 それが終わると先生方は一斉に指導要録の仕上げと点検作業に入ります。同時に新年度の準備も始まって、教科書の手配をする先生、清掃用具の点検をする先生、新入生の教室を整え飾る先生などと、忙しい毎日が続きます。
 
 中でも大変だったのが時間割づくり。
 校内に理科室が二つしかないのに三クラスに同時に割り当てたり音楽専科の先生がいちどきに二クラスの指導をしたりといったことがないように、すべての条件を当てはめて検討を重ね、完成に近づけます。できるだけ先生方の負担を少なくする、すべての先生を公平にする、などと言い出すと「完璧な答えのない問題」だけにかなり大変で、係は丸二週間くらい缶詰め状態でがんばったものでした。今は専用ソフトがあるから簡単みたいですね。ネット上では「ソフトを使ったらあっという間」という話ですから、便利な時代になったものです。
 
 しかしどんなにすばらしいソフトができたところで、新年度の陣容――学級数や学級担任、教科担任の配置や名前が分からなければ、時間割づくりは始まりません。下足箱やロッカーの割り当て、職員室の机配置などの係も、教職員の構成が分からないと手がつけられません。
 さすがに卒業式の前日くらいまでには校長先生から発表がありますが、仕事の早い先生などは1分でも早く知って、1秒でも早く仕事に取り掛かりたいところですが、人事というのはなかなか出てこのないのが普通です。

【人事は下駄を履くまで分からない】

 なぜ人事異動が重要機密事項のように扱われてなかなか出てこないのか――これにはさまざまな理由があって、その最大のものは「人事は下駄を履くまで分からない」からです。
 「人事」はおそらく多くの自治体で10月ごろから「人事異動に関する基本的ルール」を教職員に周知するところから始まり、異動の希望を取ったり昇任の勧めをしたり、人を調べてすり合わせたりと、あれこれ揉んだ末に、年が明けたころからそれぞれの赴任先を決め、本人に知らせて実質的には終了。最後は新年度準備が始まるあたりで他の職員に周知して形の上でも終了と、そうなるように思われています。しかし実は3月31日、最悪の場合は次年度に入っても動いている大変に面倒くさい仕事なので。

【とりあえず必要な教師の数が確定しない】

 萩生田文科大臣の時に鳴り物入りで始まった35人学級――2024年度、つまり今年の4月からは小学校5年生まで延長されます。35人学級というのは全クラスを35人にするというわけではなく(そんなことはできない)、「1クラスの児童数の上限を35人とする」というもので、35人を一人でも越えた瞬間に2クラスにしなくてはならない制度です。
 ある学年の1クラス35人を持ち上げて来年もその人数でやって行こうと思っていたら、翌年たったひとり転校してきただけで18人の2クラスになってしまい、教室がうすら寒く感じた、そういった経験をした先生が何人もいるはずです。しかしうすら寒かったのは担任の先生だけでなく、校長先生も同じでした。
 3月の末に予定外の転入生があって急にクラスを2つにしなければならないとなると、担任の先生もふたり必要になるからです。ひとりは最初からいますが、もう一人はどこかから連れて来なくてはなりません。昨今の教師不足・講師不足を考えると、そう簡単に済む話ではありません。

 しかしその逆はもっと大変で、1学年が36人なので18人の2クラスにしていたのに、とつぜん転出する児童が出て”35人の1学級”に戻さなくてはならなくなった――この場合はなんと、先生が一人余ってしまうのです。税金から年間給与で数百万円も渡している教師を、ただ遊ばせておくわけにもいきません。だからと言って辞めてくださいとは言えません。
 
 そんなときは校長が教育委員会に相談に行けばいいのだそうで、教育長が直々に出て来て、ニコニコしながらこう言ってくれるのだそうです。
「先生が余ってしまったって? 見通しを誤ったからといって気にしなくていいよ。キミが責任を取って辞めればいいだけのこと。それでひとり減らせる」
 もちろん校内の都市伝説ですが、それくらいたいへんなことだという教訓です。

 特別支援学級は上限が8人。小規模校の複式学級(2つ以上の学年で1クラスを編成)は16人が上限ですので、35人学級よりさらに学級数が変動しやすくなります。
 必要な教員数がいつまでも決まらない、だから人事が長引く、その一番おおきな原因がここにあります。

【人間はナマ物、何が起こるか分からない】

 もうひとつ重要な問題は、
「人間はナマ物なので何が起こるか分からない」
ということです。
「結婚退職のはずだったが破談になった」
「介護離職のつもりが必要なくなった」
 あるいは、
「事件を起こして逮捕された」

 退職を取り消したいと言われて、
「一度辞めると言ったのだから帰ってくるな」
とも言えませんし、 “逮捕事案”の方は、
「まあ、仕方がない。そのまま異動して、異動先の校長先生に苦労してもらいましょう」
という訳にもいかないでしょう。テレビカメラの何台も並ぶ前で、何の落ち度もない校長と市町村教委代表に、深々と頭を下げさせる訳にもいきません。下げても誰も納得しないでしょう。
 さらに言えば一般職の逮捕ならまだしも、副校長(教頭)予定者あるいは校長予定者の犯罪だった場合、「なんでそんな人間を昇任させたんだ」と教委自体が叩かれるのは目に見えています。昇任人事の発表も3月最後のギリギリまで引っ張っておけば、万が一のときでも“昇任させようとした”ことがバレずに済みます。破談だの介護が不要になっただのといった個人の情報も、不必要に出さずに済む。だからギリギリまで引っ張るのです。

【人事は下駄を履いてもまだ未定】

 実際に異動して辞令をもらうまで、すべての人事は仮決定です。
 例えばA中学校でひとりの教師が、先ほど申し上げた「破談になった」「介護が不要になった」等々の理由で退職を取り消した場合、その教師ひとりが元の席に戻れば話が終わるわけではありません。すでにその席に座るひとが決まっているのです。
 だからA中学校に来るはずだったB中学校の教師をいったんB中に戻し、そこで人事をやり直さなくてはなりません。B中の先生の通勤可能な範囲に適当な赴任先が見つからなければそのままB中にお勤めいただき、新しくB中に来るはずだったC中学校の先生に他の学校へ異動してもらえるかどうかを打診します。席がなければどこかで講師の先生に辞めていただいて席を空けませます。いずれも本人に何の落ち度もないのに行く先が変わるわけです。
 そんなこともありますから、人事異動はなかなか早くには発表できないのです。