つらいのは忙しいからではなく、努力が報われず、評価もされないからだ。
今年が1年目の多くの若者がそれで苦しんでいる。
しかしもともと経験がないのだからしかたないだろう。
ならばどうする?
という話。
(写真:フォトAC)
【官僚は意欲を失っている】
今年4月のニュースに「キャリア官僚志願者14.5%減 過去最大、働き方影響」(2021.04.16 日本経済新聞)というのがありました。内容は表題にある通りですが、減った原因を長時間労働など「霞が関の勤務環境」だとするのは間違いでしょう。霞が関の長時間労働など昔から有名ですし、国家公務員上級試験を受けようなどという人たちはみんな一流大学のエリートばかりですから、下調べが不十分などということはあり得ません。受検者が減ったのは、長時間労働に見合う面白さ、喜びがなくなったからです。
かつては「官僚がこの国を動かしている」とか言われ、「官僚政治打破」は現在の与野党一致した課題でした。そのため10年前の民主党政権、菅直人総理大臣は次々と特別委員会を立ち上げて官僚から政治を奪い取ろうとしましたし、安倍晋三総理は官邸が人事を握ることで官僚を従わせようとしました。
それまでの官僚は、「このハゲー!」「バカ―!」の豊田真由子氏によれば、とにかくお国のため、国民のために働けるのがうれしかったということですが、今や仕事は国会議員の無理難題を具現化するという極めて矮小化されたものとなり、それだって能力がなければできないことですが、自己効力感とか達成感という意味では極めて意欲を削ぐものとなりました。
もちろん政治主導は憲法にも定められたものでそれ自体は間違っていません。しかし上級試験受験者の減る理由もまたわかろうというものです。
【コロナ病棟の看護師の場合】
今年の4月、私はここ「『追いつめられる看護戦士たち』~新型コロナ医療の最前線と銃後①」(2021.04.19)という記事を書きました。NHKスペシャル「看護師たちの限界線~密着 新型コロナ集中治療室~」を参考にした記事です。
番組は新型コロナの集中治療室で働く3年目の女性看護師が、退職を決意するまでを丁寧に負ったものでした。まだ医療者にワクチンの行き届かないころで、感染に怯えながらも使命感に押され、ホテルと病院を行き来するだけの生活に耐えてきた女性が、なぜ辞めざるを得なかったのか――、そこには三つの要因がありました。
一つ目は仕事自体の虚しさです。
比較的に元気な様子で入院してきた患者があっという間に重症化し、手の施しようのないままで死んでいく、しかも亡くなったあと、通常なら行うはずのケアや清拭、死化粧といったこと施すことなく、遺体袋に入れて納棺し運びだす、そうした繰り返し。
第二に市中で噂される医療従事者への差別。その子女が保育園や幼稚園でなかば隔離状態にされているといった話。
第三に賞与の半減。どうせホテルと病院との往復でお金の使い道もないのですが、賞与は一面で評価を金額で表したものです。経営が厳しいからだと分かっていても、労働や恐怖は数倍にも及んでいるというのに賞与が半分では心も折れようというものです。
ひとはどんなに厳しくても、努力が実を結び、正当に評価されれば進んで働くものです。しかし努力がことごとく失敗し評価も地に落ちるとしたら、残るのは労働の苛酷さだけ、これでは続けていかれない。
【教員の場合】
かつて私の勤務した学校の校長は、学生時代に父親からこんなふうに言われたそうです。
「先生という仕事はな、給料も安いし仕事も大変だが、なんといっても人から尊敬してもらえる。こんないい仕事はない」
しかし現代はどうでしょう。
尊敬しているかどうかは分かりませんが(たぶんしていない)、わざわざ文句を言うまでもないという程度には信頼してくれているようで、どこの学校へ行ってもアンケートの「先生を信頼している」は80%を越えています。ただしこれが一般論になって、保護者以外も含めた新聞社などのアンケートでは一気に40%以下にさがってしまいます。言ってみれば「ウチの子の担任はいいが、教師全般は信頼できるものではない」といったところです。
それはそうでしょう。新聞やテレビが教師を扱うときはろくでもない話ばかりです。そこから生まれる教師に対する基本的な不信感が底流にずっと流れていて、事件があると「ウチの子」の担任にも一気に飛び火します。
日本全国を揺るがす大きな教員不祥事があったり同じ行政府区内で事件があったりすると、教委はすぐに研修の網をかけようとしますが、私はそれにいつもウンザリしていました。
幼稚園から高校まで、教師と呼ばれる人は全国に100万人もいるのです。その一部が不祥事を起こしたからといって全員で反省する必要もないと思うのです。それに不祥事を起こした教員の一部は、確実に多忙による心神耗弱の状態にあったのです。反省すべきは私たちではありません。
それにも関わらず、教師は社会に対して常に背を丸めて小さくなっていなくてはならない――それが教職という尊い職業の現状です。
それだけでも誇りをもって続けていくのが難しくなっています。
【もともと無理な話だ。ならばどうする?】
新任の先生たちはもうさらに大きな困難を抱えています。それは採用された4月当初から、20年目~30年目といった超ベテランと同じようにクラスを担任し、同じ水準の指導を期待されているということです(*)。
しかも一昔前なら周囲の先生たちが、さりげなく気にして、それとなく支援してくれたのが、やれ総合的な学習だの小学校英語だの、プログラミング学習だので、新人への目配りができなくなっているのです。
*採用の初日から最前線に立たなくてはならない――その大変さは、早期離職者の多い職種として販売業や他の教育関係(塾講師や語学学校講師)が挙げられることからも分かります。また、同じ新規採用でも副担任からスタートすることの多い中学校の教員の方が、1年目の時点で有利なことは間違いありません。
基本的に今の時代、着任したばかりの新任の教師が学級担任をやること自体が無理なのです。しかしそこに改善の余地はない。文科省が教員一人を副担任に置いておくだけの予算を取れるはずがない――ならばどうする。
【教職一年目ですでに辞めようかと迷っておられる先生方へ】
私は基本的に聞きまくるしかないと思っています。しょせん1年目です。分からなくても当然です。一番危険なのは自分が誤っていることに気づかないことですから、常に隣の教室に気を配り、変わった様子があったら訊いてみるのです。そして真似をする。
昔、「パクって、パクって、マネをする(PPM)」という言葉が流行りかけたことがありますが、それしか道はありません。
私が初任のころ、若い同僚に失敗を重ねて怒られてばかりの先生がいました。学年主任がぼやいて、
「オマエはすみません、すみませんって、そればっかりでちっとも良くならねえじゃねえか」
と言うと、それにも、
「すみません」
と答えるような人です。しかも学年主任のいなくなったあとで、
「担任が謝って生徒が叱られないなら、これほどいいことはないですよね」
とうそぶいています。
さらにこの人が別の機会に言った、
「失敗したって、命まで寄こせとは言わんでしょ」
はその後10年以上に渡って、若かった私の心の支えになりました。今でも心の中でつぶやくことがあります。
あと半年。この6カ月を乗り切れば、そこには別の世界が広がっています。
(この稿、終了)