「科学の勝利」~アポロ11号と13号 

 明日は人類が初めて月に降り立った記念日
 50年前のことだ
♪ ぼくらの生まれてくるもっともっと前にはもう
  アポロ計画はスタートしていたんだろ ?
  本気で月に行こうって考えたんだろうね♪

 ――そうだよ。

というお話。

f:id:kite-cafe:20190719072456j:plain(「月」phtoAC より。赤く示したのはアポロ11号着陸船が降下した”静の海“)

 

スプートニク・ショックとガガーリン

 すでにテレビなどでも繰り返し扱われていますが、明日7月20日はアポロ11号が月面に着陸して50年目の記念日です。人類が初めて地球以外の天体に降り立った最初の日ということになります(1969年)。

 それに先立つ12年前の1957年10月4日、当時のソ連(現在のロシア)は世界初の人工衛星スプートニク1号を成功させます。原水爆を中心とする米ソ軍拡競争の真っただ中、合衆国の上空をソ連製の人工衛星が飛んだということで、アメリカのみならず世界を震撼させることとなります。この地球上のどこにいても、ロシアの核ミサイルは攻撃できることを証明して見せたからです。これをスプートニク・ショックと言います。

 この日からアメリカは一方でNASAアメリ航空宇宙局)を創設するとともにミサイル開発に多額の予算と人員を配置し、ソ連との「ミサイル・ギャップ」を埋めようと研究開発に邁進し始めるのです。
 ところが成果が出る前に、アメリカはまたしてもソ連に出し抜かれます。 1961年4月12日のユーリイ・ガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行です。

 宇宙飛行といっても後に明らかになるようにガガーリンは操縦というものを全くせず、言ってみれば大陸間弾道弾の弾頭に詰め込まれて地球を一周しただけみたいなものですが、それでも宇宙を回ってきたことに間違いありません。

 アメリカもあわてて翌5月5日、負けじとマーキュリー3号でアラン・シェパードを宇宙に送り出すのですが、ガガーリンが大気圏外を1時間50分ほどかかって1周してきたのに対し、シェパードはわずか15分28秒の弾道飛行、つまりボールを真上に投げて落ちてくるのを待っているみたいな感じで、宇宙に“行って帰ってくる”のが精いっぱいだったのです。
 
 

ケネディの約束】

 アラン・シェパードが宇宙に行ったのと同じ1961年の5月の25日、その年の1月に大統領になったばかりのジョン・F・ケネディアメリカ議会で月に人類を送る「アポロ計画」を発表し、国民の支援を求めます。
「まず私は、今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させるという目標の達成に我が国民が取り組むべきと確信しています。この期間のこの宇宙プロジェクト以上に、より強い印象を人類に残すものは存在せず、長きにわたる宇宙探査史においてより重要となるものも存在しないことでしょう。そして、このプロジェクト以上に完遂に困難を伴い費用を要するものもないでしょう」

 ケネディという人は1960年の選挙で当選した大統領で、「1の位に0がつく年の選挙で当選した大統領は任期を全うしない」という「テカムセの呪い」(*)よって亡くなった最後の大統領です(1980年のレーガン、2000年のブッシュは任期を全うした)が、その人が1961年に国民と結んだ約束を、合衆国は大真面目に追求し、60年代最後の年の7月、ギリギリのタイミングで果たしたわけです。アメリカの底力を感じるできごとでした。

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【アポロ13号、奇跡の生還】

 しかしアメリカのほんとうの底力を感じさせられたのは11号の成功ではなく、「最も成功した失敗」「栄光ある失敗」と讃えられるアポロ13号の生還です。

 1970年4月、発射からわずか二日後に重大な事故を起こしたアポロ13号は、月面着陸をあきらめて地球に帰ることになります。その後の4日間、いくつもの危機に見舞われ、そのたびに奇跡を起こして無事帰還する様子は、トム・ハンクスの主演した映画『アポロ13』(1995)に詳しいところです。

 もっとも私は映画『アポロ13』より数年前、この物語についてNHKのドキュメンタリー番組で見て詳しく知っていました。アメリカのテレビ局が制作したもので、船内の映像がほとんどないためNASAの指令室が中心だったのですが、飛行管制主任ジーン・クランツという人がとんでもなくカッコウ良くて今も目に焼き付いています。
 このドキュメンタリーについてはその後もずっと気にしているのに、どこにも記録が残っていません。

 ちなみにアポロ13号が出発したのは1970年4月11日米中部時間1313分。事故起こしたのは二日後の4月13日でした。
 13時13分に発射したのは意図的なものでしょう。迷信に打ち勝とうとして迷信にやられたのです。しかしそれでもなお生還できたというのは、やはり科学の勝利なのかもしれません。

 人間の輝かしい記録として、子どもたちにも語り継ぎたい話です。