私には一カ月おきに会って飲み会を開く仲間が8人ほどいます。高校時代からの友人で8人そろうことは稀ですが、それでも半世紀続く仲間というのも多くはないでしょう。
その50年の間に、私たちは就職し、結婚し、子を育て、定年退職したのですからやはりずいぶん齢をとりました。皺も多くなり、背も少し縮みました。体のあちこちも傷んでいます。それは皆同じなのですが、一か所、あまりにも差がつきすぎたところがあります。それは頭です。
8名中3名は立派なハゲ(ハゲに立派とそうでないのとがいるかどうかは分かりませんが)、ふたりはフサフサ、残りの3名がどっちつかずの薄毛で、私は最後のグループに属します。
しかしなぜそんなに差がついてしまったのか、それが今の最大の謎です。
【私の仲間のハゲの歴史】
3人のハゲのうち、最も早くそうなった一人は知り合ったときすでに薄毛に悩んでいて、二十歳のころにはほぼ全滅状態でした。もう一人は遠隔地に赴任していたためしばらく疎遠になっていた三十歳代に、一気にきました。
50歳代も半ばを過ぎたころ、やたら髪が黒くてしっかりしている仲間に、
「オマエ、いつからカツラにしたのよ」
とからかったら、
「もう20代の終わりにはしてたかな?」
と言われて仰天しました。本物のカツラだと知っていたらそんな言い方はしなかったのです。“カツラのようにしっかりしている”と称賛を込めた気持ちで言ったことなので、そのあと私の方が落ち込みました。そう言えば彼がカツラに代えたころ、私は東京にいて彼の変化に気づかなかったのです。それが三人目のハゲです。
私自身は親族、一族郎党、血の繋がらない叔父まで皆禿げているので早くから覚悟していたのですが、弟が相当に薄くなった50代半ばでもまったく気にせずに済むほど豊かな毛量をしていました。それが60歳の直前、風呂上りの私を上から覗き込んだ妻が、「あなた、禿げてきた」と言い始め、鏡に映すとサバンナに似た荒涼とした風景が広がっていたのです。苦にはしていません。しかし気にしてはいます。
【それにしても】
しかしそれにしても人はなぜ禿げるのでしょう?
髪は頭を守るためにあるはずですよね。それがなくなるということはもう頭を守らなくてもいい、つまり死んでもかまわないということじゃないですか。そんな残酷な話ってあるでしょうか――。
と、考えたらやはり心当たりがありました。一番最初に書いた、
その間に就職し、結婚し、子を育て、定年退職した
です。読み直すと、確かに私たちは種を守るとか、家族を守る、家系を守るという意味では、もう必要ない存在です。
生産力も闘争力も若い者の方がずっと上でまともに勝負したら敵いません。今はまだ家族に多少の手伝いもできますが、早晩養ってもらうだけのお荷物です。。だから早くいなくなった方が種のためになる、死んでも困らない、だから禿げる――は、筋の通った話です。
しかしそれは女性だって同じでしょう。多くの場合、女性がほとんど禿げないことには別の説明が必要です。
人類にとって、歳をとった男たちはいらないが女は必要だということでしょうか。
【女性は齢をとっても必要とされる。男性も少しは――】
女性は歳をとっても必要とされるのか――確かにそういうこともあるのかもしれません。これにも心当たりがあります。
娘のシーナが里帰り出産したとき、臨月で十分動けないシーナのために食事を用意したのは妻でした。赤ん坊が生まれてからは最初の入浴もそのあとの始末も、すべて妻が手伝いました。それ以上に役立ったのは、同じ女性ですし出産経験もありますから、なにくれと相談に乗ったりアドバイスしたりと、若い母親には何かと心強かったはずです。
その点で私など何の役にも立ちません。つまり必要ない、つまり死んでも一向にかまわない――そういうことになります。
ただし私個人は非常に乳幼児好きで、孫のハーヴについても新生児のころ、ベビーバスから普通の風呂に変わると入浴係は私で、おむつ替えも寝かせつけも遊ぶのも好きで得意でした。今でもハーヴが発熱して保育園に行けなかったりすると、共稼ぎの娘夫婦に代わって面倒をみるのは私の仕事です。わざわざ東京まで急行します。
つまり多少は役立っているので、だから髪も少し残っているのかもしれません(まだもうちょっと生きていてもいい?)。
まだ二つ疑問が残ります。ひとつは答えやすく、もうひとつは困難な問いです。
【それでも残る疑問】
まず最初の謎ですが、これは「男は自分の子どもが大人になった段階で、人類存続にとって必要不可欠のものではなくなる。だったら平均寿命はもっと短くてもいいじゃないか」というものです。
しかし答えは簡単です。
「人類にとって必要がなくなっても、母親の遺伝子を引き継いでいるのでついつい女性と同じように長生きしてしまっている」
たぶんそれです。男性には必要のない乳首があるのと同じです。
もうひとつの謎は、私の仲間のうち少なくとも二人は結婚する前からハゲでしたが、その時点から「必要ない人だった」と言うのはやはり忍びないような気もするのです。二人とも普通に立派な男性です。
そうなると、
「男性が禿げるのは、人類、家族、家系にとってもう必要がなくなったから」
という私の結論も怪しくなってきます。
なぜでしょう。チコちゃんにでも聞いてみようかな。