「二つの家族」〜子に尽くすことの意味

 娘のシーナと婿のエージュの子育てに感心しています。

 いろいろあるのですが、そのひとつは幼児相手にいちいち行動を確認し、子のハーヴが困ったり勘違いしたりしないよう配慮していることです。

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 具体的に言うと例えば、保育園に預けて仕事に向かうとき、必ず「じゃあお父さん、これからお仕事に行ってくるからね。バイバイ」と納得させるといったやり方です。
 初めて保育園に入った初日からそうで、決していつの間にかいなくなったというようなやり方はしません。

 エージュとハーヴより一足先に家を出るシーナも、
「お母さん、お仕事に行くからね。ハーヴは保育園。じゃあ行ってくるね、バイバイ」
 そう言って出勤します。
「お母さん、お仕事に行ってくるね」が、しばらく母親がいなくなる、ハーヴと離れ離れになると理解できないころからそうしているのです。

 “ひとつひとつ本人を納得させてから”というやり方はかなり徹底して、生後五か月くらいで帰省した際も、
「今日はお父さんがいないから、ハーブはジジとお風呂だからね。いい子で洗ってもらうのよ」
と言って私に引き渡します。生後五カ月は目もはっきり見えているか定かでない時期です。

 まだおぼつかない時期からそうした声掛けをする最大の利点は、「切り替え」をしなくて済むということです。
「状況が分かるようになってからやろう」と考えると、いつ状況が分かるようになったか判断が必要です。しかしまったく意味の分からない時期からやっておけば、そうした判断抜きで適切な対応をしてあげられます。
 おかげでハーヴは歩くようになる遥か前から、シーナが「今日はジジとお風呂だからね」というと私に向かって両手を伸ばすようになっていました。
 今日は特別だということを、苦もなく受け入れることができるのです。

 もちろん最初から「早めに始めておけば後が楽だ」という計算があってのことではありません。年端のいかない子どもとはいえ、騙したり驚ろかしたりしてはいけないという愛情からそれは来ているのです。

 

【子のために耐える力】

 愛と言えばもうひとつ感心することがあります。

 ハーヴは体格こそ標準的に発達しましたが運動面ではずいぶんゆっくりな子で、生後九か月を経ても寝返りも打たず、ハイハイもせず、型はめのおもちゃを渡せばガンガン叩いたりなめたりするだけで型に入れようとせず、また、1歳の誕生日まであと半月という時期まで引っ張ってようやく出かけた9ケ月・10ケ月検診では「三カ月遅れている、なぜ早く来なかったか」と医師に叱られ、1歳半検診では指差しも積み木もできなくて要観察となった、そういう子です。
 出生時に事故があって、その後遺症も心配されました。

kite-cafe.hatenablog.com以下。

  ある意味、気が気ではない2年間を過ごしたともいえます。

 その間、同じ月齢の子を持つママ友グループと一緒になっても、みんなで過ごす時間はシーナ親子にとっては友だちハイハイ鑑賞会、中には寝たままのハーヴを乗り越えて進もうとする子もいたり、ハーヴを踏み台にして立ち上がろうとしたり・・・ようやくハーヴがズリバイを始めたころにはその横を猛ダッシュで走っていく子がいたりと、何かと悲しい思いをすることが多かったようです。
 しかしその間、シーナは常に自分に「喝」を入れつつも、一度たりとハーヴを恥じたり恨んだりすることはなかったのです。
 ちょっと心が切なくなってハーヴを見ると、ハーヴはいつも、
「ボクはボクだよ」
と言っているみたいだと、そんな話をしてくれました。

 1歳9カ月で保育園に入り、それからの成長は目覚ましく、最近はなんとか発達に気を遣わずに済むようになりました。しかし今日までよく不安に押しつぶされずに頑張ったと、わが娘ながらホトホト感心しました。
 よい娘を持ちました。

 

【比較するのは申し訳ないのですが】

 さて、シーナの子育てについて書いたのは、それと正反対の愚かな子育てについて少し考えるところがあったからです。
 自分の娘を誉めておいて他人を腐すのもどうかと思うのですが、“賢い子育て”の例として、他に思いつくものがなかったので仕方なく“娘”です(申し訳ありません)。

 愚かな子育てというのは、もう子が子とは言えない29歳の清水良太郎の父親、清水アキラのことです。
 これについては先月18日にも触れ、
「すぐ殴るような家は厳しい家ではない」
「厳しい親はものごとをあいまいに済まさない」
「効果のないことはしない」
といったお話をしました。
 ほんとうにセンスが悪い、才能がないと――。

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 昨日の芸能のトップ・ニュースのひとつは「清水アキラ、三男・良太郎被告突き放した『保釈させない』『反省するには短すぎる』」です。  それによると 、
 タレントの清水アキラ(63)が31日、覚醒剤取締法違反(使用)の罪で起訴された自身の三男で元タレントの清水良太郎被告(29)が勾留されている目白署を訪れ、10月11日の逮捕後初めて面会した。面会後、取材に応じ、年明けにも行われる初公判まで良太郎被告を保釈させないと明言した。
というのです。
「反省するには短すぎるので保釈はしない」「そんな時間じゃ家族も(気持ちが)整理できない」

 良太郎が逮捕されたとき「面会に行くつもりもないですし、話したくもない」と言った前言を翻して面会に出かけたのは、弁護士を通じてでは話せない話があり、それを伝えるためだそうですが、私には一切が合点いきません。芸能界では案外好意的なとらえ方をしているみたいですが、こんなの厳しい親のすることではないと思うのです。

 だってとりあえず2〜3か月間は息子の面倒をみずに済むのです。
 明日にも覚せい剤の売人に会いに行くかもしれない息子を、側に置いておく恐怖と戦わずに済む、「さっさと保釈金を払って息子を引き出した甘い親」といった誹りも受けずに済む、これからの人生をどう送っていくかといった難しい話し合いもしないで済む、長い長い更生の道の第一歩をとりあえず踏み出さずにすむ、つまりないない尽くしのいいことだらけだからです。
 息子を他人(警察)に任せてそこで反省してもらおうというのはあまりにもムシがいい。

 そもそも逮捕された時点で、親だったら真っ先に面会に行かなければなりませんでした。 「バカヤローと言って突き放したいですけど...、家族なんですよね」と家族を強調するなら、まずすべきは普通の家族が当然やるはずのことです。
 慌てて、うろたえて駆け付け、警察の方々に深く頭を下げる、面会して「お前、大丈夫か」と訊ねる、弁護士をつける、一刻も早く保釈されるよう手を尽くす。

 決して記者会見で、「あいつのことは信じることもできないです」と言い、「面会に行くつもりもないですし、話したくもない」と突っぱね、実際にそうしてしまうといったようなことではありません。
 留置場の中の良太郎は、それらの言葉をどんなふうに聞いたでしょう。

 厳しくすべき場面は、他にいくらでもありました。
 (例えば前回、違法カジノ事件の際)

 この親子について、私はもう未来はないと思っています。29歳で親に殴られた子は二度と戻ってきません。暖かくすべき時に冷たくされた子に、穏やかに生きる人生はありません。
 もし二人が再び心から手を取り合うとしたら、それはこれまで生きてきた29年と同じだけの歳月が必要なはずです。

 清水アキラ、ほんとうに悲しいほどに、親であることが分かっていない。
 子より自分が大事。