「私には名案がある」〜小5からの英語の教科化に思う

 産経新聞『「使える英語」どう教える 中教審案 授業時間確保・小学校教員の質が課題』という記事が出ていました。
 イーオン(本社・東京)が3月に指導法セミナーを開いたところ、参加者65人のうち英検準1級以上は4人にとどまった。
とありましたが、よくぞ4人もいたもんだとびっくりします。それほどの英語力がありながら小学校の教員になったのは、さぞかし教育愛に満ちた人だからなのでしょう(皮肉ではありません)。楽をして手に入れた資格ではなにのですから、私だったらその努力の生かせる職業に就いたでしょうし、おそらくその方が収入がいい、海外旅行のチャンスもある、世界が広がって楽しいと良いことづくめのはずです。
「英語が苦手だから小学校の教員になった」は言い過ぎにしても、英語ができたら他の職業についていた教員も少なくないはずです。それを今頃になって英語の指導をしろと言われて、その上教員の質が課題などと馬鹿にされるのはかないません。

 そもそも教員は全員が大卒ですから、大学入学時まで遡ればかなり英語ができたはずです。それができなくなったのはなぜか――要するに使わなかったからいけないのです。使い続けている国語は問題ありません。しかし同じ国語でも手書きしなくなったぶん、漢字の書きはあやふやかもしれません(使わないから)。
 日常的に使用する掛け算九九や足し算引き算は忘れないのに、ベクトルや微分積分を覚えている人は多くありません(普通、使わないから)。
 化学式や摩擦率の計算の堪能な人も多くはないでしょう(普段、使わないから)。
 同じように英語が忘れ去られるのは日常生活で使わないからです。この国にいる限り、外国に行くにしても数年に一度の観光旅行といった人は英語なんてできなくていっこうにかまわないのです。
 中学校から学ぶならまだしも、生活に必要でないものを小学生が学ぶことはありません。学校に時間的余裕がああるならまだしも、
 15分程度の短時間学習の設定や長期休業の活用
 20分学習を設けたり、1コマ45分を5年生以上で50分に延ばすなどして
といった無理をしてまで行うことではないのです。
――と、以上が昔から繰り返してきた私の持論です。

 しかし政府は本気で小学校英語を始めるつもりだし、私の娘のシーナの周辺でも「1歳児から始める英語」といった話が持ちきりのようです(シーナ自身は極めて否定的です)。社会全体が英語のできる人材づくりに舵を切ってしまったようです。そこで私も宗旨を変えることにします。
 グローバル化の進展で“使える英語”が求められ
 英語はコミュニケーション能力の向上が課題とされて

のであればそういう国づくりをすればいいのです。
 それについて、私には名案があります。
(以下、腹を立てた勢いで書きますから、気分の悪い方は中絶してこれ以上読まないでください)

 私には名案があります。私たちの世代は無理にしても50年後、すべての日本人が曲がりなりにも英語が使え、しかもそれほど苦労せずに英語を覚える方法です。
 しかもこの方法だと個人が負わなければならない予算的なものもなく、なおかつ世界から感謝され称賛される方法です。政府の初期投資もほとんどありません。

 方法は簡単です。世界に向かってこう宣言すればいいのです。
「今後日本国は難民を無条件に受け入れる。ただし難民一人につき100万円程度の支度金を持たせること、難民の移送費用は現在難民流入に苦しむ各国の予算もしくは国連・EUなどの資金によって行うこと。条件が同じならEU内のポーランドルーマニア等の移民についても受け入れる。受け入れる難民・移民の便を図るために、わが国は英語を第二公用語とする。以上」

 とりあえず国外に出た400万人のシリア難民(大部分はトルコ国内にいる)、ドイツ・フランスに流入した100万人(シリア、イラクエリトリア、ナイジェリア、ソマリアスーダンアフガニスタンパキスタン、、コソボアルバニアなどの難民)を手始めに1000万人程度を受け入れ、20年かけて最大3000万人まで受け入れます。できるだけ多くの民族を集め、言語がどこかに偏らないようにします。そうなると言語の統一性のない移民たちは母国語を捨て、使いやすい英語に頼るようになります。
 そのころには1億2000万人まで減っている日本人の上に3000万人の英語で生活する人々が乗っかるわけです。そして小中高と苦労して学んだ英語が恒常的に必要な社会ができ上がります。

 日本人の5人にひとりが英語に頼って生活しているわけですから当然、巷に英語があふれます。テレビ番組も書籍も雑誌も英語だけで放送・記述されるものが出てきます。テレビCMも新聞広告も英語のものが増え、映画館では英語の字幕がついた邦画が上映されたりします。
 そうして50年も経ったころには日本人全員が英語を喋れる国民になっているのです。

 世界は(特に欧米や紛争地は)日本の移民政策に感謝し、招かれた難民もまた感謝します。国境を越えて難民となるのは屈強な若者が中心ですから日本の少子化問題も消えるでしょう。低賃金労働に慣れた人たちですから介護や保育の現場の人手不足も解消します。彼らは英語しかできませんが、未満児のころから英語に触れるという点ではむしろ好都合です。
 オリンピックのメダル数は飛躍的に増加し、FIFA国際サッカー連盟)のランキングも大いに上昇します。身体能力の高い元外国人が日の丸を背負って戦うわけです。強くならないわけがありません。

 ただし貧しい人々が中心ですから治安に問題が出てくるかもしれません。大勢の難民に交じってテロリストも上陸するでしょう。今の日本で外国人も目立ちますが、そのころには街の風景に溶け込んでしまうはずです。
 文化的な衝突もしばしば起こります。人種差別や民族差別が起らないよう注意しなくてはなりません。
 低価格のアパート・マンションでは家賃や価格の上昇が始まり、貧しい日本人では手が届かなくなる可能性があります。また多くの低賃金労働が新日本人に占拠され旧日本人が職を奪われるということも起こります。

 なかなか大変な面もあります。しかし
 グローバル化の進展で“使える英語”が求められ
 コミュニケーション能力の向上が課題とされて

いる以上、その程度の困難は大したことはないでしょう。
 ね、みなさん!?