「この世は親切で優しい」〜狂気のラスコーリニコフ②

 相模原市で起きた「津久井やまゆり園事件」について、時事通信『「精神疾患当てはまらず」=薬物影響「限定的」−相模原襲撃事件で専門家』
 という記事が出ていました。それによると、
 精神科医香山リカさんは「本人の特異な考えから書かれた手紙は、一般的な常識からは大きく外れた内容だ。しかし文面の構成や論理性に、精神疾患による妄想的な破綻は見られない」と指摘する。
自己愛性人格障害などの精神疾患でもない」(中略)「自分を特権的な存在と自覚するのが自己愛性人格障害の特徴。手紙からは、逆に国家のために自らを犠牲にしようとする姿勢が見られる」
 
そして、
「手紙の内容から従来の精神疾患を読み取るのは難しい」と結論付けた。
のだそうです。
 一方、
 薬物事件に詳しい小森栄弁護士は「大麻は基本的に人をリラックスさせる効果があり、大麻だけでは他人に危害を加えることは考えにくい」との見方を示す。(中略)これまでに携わった事件などから、「(事件では)手紙の内容通りに目的を持った行動を取っており、薬物の急性中毒による犯行ではない」と述べた。そうです。
 このところ似たような“専門家”の発言が、繰り返しメディア上に流れてきます。
 そのひとつは上記の通り、文書および行動の一貫性、破たんのなさ、論理性などを考慮すると精神病患者による殺傷事件とは言えないというもの。もうひとつは措置入院解除について、素人である患者が精神科医をだますことは絶対にできない(だからあの時点では治癒ないしは寛解していたといえる。したがって担当医に責任はない)というものです。
 私はこの人たちがどのステージでしゃべっているのか疑問に思います。

 彼らが言っているのは、
1) 文章や行動を分析すると裁判で争っても「心神喪失による無罪」はありえないということなのか、
2) 病気だった時はあるが措置入院によって寛解ないしは治癒していたということなのか、
3) 容疑者は精神疾患を患っていたわけでも大麻で常軌を逸していたわけでもない、単なる特異な考えをもった普通の人間だということなのか。

 1)だとしたらそれは言わずもがなの話です。同じ大量殺人の話で言えばオウム事件の犯人も大阪池田小事件の犯人も、秋葉原事件の犯人も心神喪失を認められず死刑の判決を受けている。それが認められるのはかなり特殊な場合であることを私たちは知っています。今回の事件もこれで心神喪失による無罪となったらなかなか納得の難しいところです。

 しかし2)というのは困ります。なぜなら問題の文章を書いて衆議院議長公邸に持ち込んだのは措置入院の前だからです。三浦氏の言葉を借りればその時点ですでに「精神疾患による妄想的な破綻は見られない」文章を書いていたのですから彼は病気ではないかった、病気ではなかったとしたらなぜ措置入院といったことができたのか。あの時ついた「大麻精神病」や「妄想性障害」という病名または障害名は何だったのか、ということです。誤診か?
「素人である患者が精神科医をだますことは絶対にできない」(だから少なくとも退院時には正常だった)という別の精神科医の言葉と合わせて考えると、容疑者の言動を怪しんだ警察および相模原市そして初診の精神科医こそ誤ったということになるがそれでいいのでしょうか?

 それが3)だとしたら私たちは絶望的な位置に立たされます。私たちは隣人はおろか家族や自分ですら信じられなくなる。つまり私は鋭利な刃物を両手に持って、50分間にわたって40数人の首や頭を何回も刺すことのできる人間なのかもしれないのです。
 そんなバカなことはない――私の頭の中の“良識”は叫びます。人間は決してそのようなものではありません。

 今回の事件報道を通じて、ニュースキャスターによって繰り返し語られる「障害者はいなくなっていい」という容疑者の言葉が、現実の障害者を苦しめています。世の中の人たちはみんなそんなふうに思っていると感じられるからです。
 容疑者の言葉は社会の本音であって、それが差別社会の縮図だと怯える人がいます。そしていつか自分があるいはウチの子が、同じような被害にあうのではないかと本気で恐れている人々がいます。しかしそれらは全部間違いです。

 世の中は、少なくともこの国の人々は容疑者よりも「津久井やまゆり園」の職員やその近隣の人々に近いのです。
 確かに障害者に対する理解は進んでいません。今回の事件を通じて、初めて重度知的障害者や心身障害者が集団で生活する施設というものがあることを知った人も少なくありません。ある意味、差別以前の状況にあるともいえます。しかしそれは単なる行き違い、無知から起こることであって知りさえすればどうということはないのです。

 世界には70億の民がいます。そしていつも言っている通りこの日本だけでも1億2600万人の人が住んでいて、10万人にひとりという異常な感覚を持った人間が1260人もいるのです。だから今後も異常な事件は置き続けるとも言えますが、そうした怖ろしい人間は10万人都市にひとりいるだけなのです。まず普通は会いません。そんな異常者に怯えるより、交通事故やその他の不慮の事故に気をつけた方がよほどマシです。
 私たちは思いやりの深いやさしい世界に住んでいるのであり、そこに一滴の毒が垂らされたからといって恐れおののくことなど絶対にないのです。