子どもが犯罪者になるかもしれないということ

 

 毎日血生臭いニュースが新聞紙面にあふれています。こんなことまで知らせなくてもいいのにというような記事が、平気で一般紙に載っていますが、これでいいのでしょうかなどと疑問に思ったりもします。

 さて、昨夜私が一番こころを動かされたのは、いわゆる「英国人女性殺人・死体遺棄事件」の容疑者、市橋達也が逮捕されたというニュースです。

 民放のニュース番組では一通りの報道が終わった後、市橋容疑者の両親が5分以上に渡ってインタビューを受ける場面が流されていました。父親は勤務医で母親は歯科医だといいます(今も続けているかどうかは分かりませんが)。

 落ち着いた誠実な態度で、同じような問いに果てしなく答えておられました。衆目に晒され、きちんと対応することが罪滅ぼしの一端になると信じているかのような真面目な態度です。

 私も高校生の男の子を持つ身です。親としての道を誤れば、数年後の自分の姿がああなのかも知れないという思いで見ていました。同じ立場に立てば、私も同じことをするでしょう。果てしなく衆目に晒されるといった痛みに繰り返し耐えなければ、相手の親御さんに申し訳が立たない気がするのです。死んでお詫びするといった簡単な苦しみでは、済まされません。

 翻って世の中の親たちの、いったいどれほどの人たちが「自分の子どもが犯罪者となる可能性」について真剣に考えているのでしょう。基本的に殺人者と殺人の被害者は1対1です。1対「多数」の場合もあれば「多数」対1のこともありますが、全体とすれば犯罪の加害者と被害者になる可能性は同じくらいでしょう。

ただし、子どものが犯罪に巻き込まれるかもしれないと心配する保護者は多くても、我が子が殺す側にまわるかも知れないと怯える親はほとんどいないように見えます。

 しかしその確率はやはり1対1なのです。

 心して子どもを育てる必要があります。