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「AIは頼りになる副担任なのか、それとも教師から能力を奪う悪魔なのか」~人間もいつか電気羊の夢を見る③

AIは教師を支える「副担任」になり得るのか、
それとも人間から忍耐力や主体性を奪う悪魔なのか。
現場で広がるAIとその裏で指摘され始めたリスク。
二つの側面を手がかりに、AI時代の教育を考える。(写真:フォトAC)

【問題のあり所】

 通知表の所見欄をAIに書いてもらう。手順をきちんと踏めばそれも悪くない。その手順も。常識的に考えれば当然きちんと踏むことになる。しかしそれで失うものはないのか。例えば私がネット活用・AI活用と進むにしたがって、具体的な調査能力・検索能力を失っていったように――それが課題でした。
 あれこれ考えていたところ、そこにさらに「AIってすごく便利だよ」という情報が入ってきます。

【副担任、その名はAI】

 つい先日(4月12日)の東洋経済ONLINEの、『教員の生成AI利用が急激に増加、「下請け」か「話し相手」か…で差が出る活用のコツ《"デジタルな副担任"の育て方》
という記事です。
 かいつまんでお話しすると、

  • ・すでに小中学校の教員のAI利用率は55%(2025年12月)を超え、学校においてAIは日常的なものとなった。
  • しかしAIを下請けツールとして「運動会のあいさつ文を作って」とか「通知表の所見を300字で書いて」とか、単発の作業を発注している限り、やがて “しっくりこない”“役に立たない”といって使うのをやめてしまうことになる。
  • けれどAIを副担任と仮定して、相談相手のように対話を重ねる教師は、自身の思考を深め、結果として授業や学級経営の質を向上させる

とAIの効果を強調します。

 対話の具体例としては以下の四つの事例を示します。

  1. 保護者からのクレームがあった場合、その衝撃や困惑・心の痛みに寄り添う声掛けをしてもらい、そのうえで対応策を一緒に考えてもらう。
  2. 生徒指導や保護者懇談に際して、模擬指導・模擬懇談の相手をしてもらう。こちらの指示(プロンプト)次第で、AIはどんな対象者も演じ分けることができる。
  3. 児童生徒に対する個別の指導法を考えてもらう。例えば、
    「休み時間に一人で過ごすことが多い子が、無理なく集団に加われるような、さりげない『きっかけ作り』のアイデアを10個出して」といったように
  4. うまく行かなかった授業や指導について、問題点を洗い出し、分析・助言してもらう。
    このメタ認知の習慣こそが、教員の燃え尽きを防ぎ、明日への活力を生む縁の下の活用法(引用者注:ママ)なのです。

 記事を書いたのは東京都の公立中学校の主任教諭だそうですが、現場の困難をよく理解した、なかなか優れた提案です。さらに公判では、紹介されたAI活用法に関する注意事項も書いてありますので、ぜひとも一読いただきたいところです。
 ただし――。

【AI使用は人間から忍耐力を奪う】

 引用した東洋経済ONLINEの記事は、珍しく小中学校の学級担任にとって効果的なAIの活用法といった話だったのですぐに飛びついたのですが、実はここ一か月余、私が気にしていたのは、むしろAIの危険性・危うさと言った話だったのです。

 例えば引用記事の出た前日、4月11日の『ビジネス+IT』に掲載された「【AI依存症】AIは人間の「忍耐力」を奪うことが判明 AIが問題解決能力を低下、試行錯誤を通じた自己成長の機会を奪う」によると、アメリカの有名大学の研究者からなるチームの研究結果として、次のような事実が明らかになったといいます。
「(課題を与えられたいくつかのグループのうち)AIを利用したグループは短期的なパフォーマンスが向上した一方で、AIの支援が絶たれた直後に成績が急激に低下し、問題を解かずにスキップして諦める割合が対照群よりも有意に高くなることが判明した

 原因として考えられるのは、

  1. AIを使えば一瞬で終わる課題解決が、AI抜きだととんでもなく時間がかかるため、その時間の長さに耐えられなくなること、
  2. 即時的な回答が試行錯誤の機会を奪うため、自分の能力を正確に把握したり、必要な技能を発達させたりすることができなくなるため

――説得力ある話です。

【AIは人間から気力と主体性を奪う】

 また、同じ『ビジネス+IT』(2月7日)には『AIは人間を「ダメにする」装置であることが判明 Anthropicが150万件の会話データから解析、3つのパターンで人間が「無気力」に』という記事もあり、そこではAI活用の弊害として次の3点が挙げられていました。

  1. 「思い込みや誇大妄想の肯定」
    誤った情報や妄想的な考えを提示した場合、AIがそれを肯定的に受け入れることで、利用者の誤った現実認識が強化される。
  2. 「価値判断や人間関係の依存」
    道徳的な判断や人間関係における善悪の評価を、自ら積み上げるのではなくAIに求め、その回答を自身の倫理的判断基準として採用してしまう。
  3. 「作業や行動の丸投げ」
    文章の作成などをAIに任せ、吟味することなくそのまま提出してしまうといった、主体性を欠いた行動が日常になる。

 これもいかにもありそうな話です。

【AIは人が本来持っていた能力まで削いでしまう】

 AI批判の文章ではないのですが、4月11日の集英社オンライン「橘玲が語る“知識社会”の残酷な真実…AI時代、読書しない人はますます置いていかれる」には次のような逸話が書かれていました。
以前は英語の論文などは辞書を引きながら読んでいましたが、今はDeepLで一瞬で翻訳したり、ChatGPTに「要約して」と頼んだりできます。引用したいところだけ原文と照らし合わせればいいので、ずいぶん楽になりましたが、そのかわりどんどん英語を忘れています(笑)。
 使わない機能が失われるのは当たり前です。便利なAIに頼れば失うものも多くなります。

 AIを副担任にという東洋経済ONLINEの提案も、もしかしたら教師の本質的な能力を削ぐものなのかもしれません(あるいは育てない)。そのあたりはどう考えたらよいのでしょう。
(この稿、続く)