出典の分からない寓話というのは他にもあって、
「無神論者が死んだら死後の世界があった話」
も、それにあたる。生成AIに訊ねると、
Copilotは分からないと答え、ChatGPTは――
という話。(写真:フォトAC)
【やっぱり記憶力が問題だ】
このところNHKドラマ「坂の上の雲」の再放送を楽しんで観ているのですが、第一回のオープニングでナレーター(渡辺謙)がこんなことを言っていました。
「明治維新によって日本人は初めて、近代的な『国家』というものをもった。誰もが『国民』になった。(中略)社会のどういう階層のどういう家の子でも、ある一定の資格を取るために必要な記憶力と根気さえあれば、博士にも官吏にも軍人にも、教師にもなりえた。この時代の明るさは、こういう楽天主義から来ている」
ホラ御覧なさい。司馬遼太郎も記憶力と根気がなくてはダメだと言っているじゃありませんか。あれもこれも忘れてしまう(というよりはそもそも入って来ない)このいい加減な記憶力で、何十年もの間、私もよく頑張ったものです。
寓話「ムカデのジレンマ」について話してきましたが、こんなふうに物語自体は覚えているのに題名や作者、出典の分からない寓話、小話、逸話といったものも、けっこうたくさんあります。みんな忘れてしまうからです。
もちろん寓話を話すのに題名や作者名は知らなくても大丈夫という人もいるかもしれませんが、私は子どものころからホラ吹きと思われているフシがあって、出典や作者名を添えておかないと「またTのヨタ話か」と真面目に聞いてもらえない恐れがあるのです。実際はそうでもないかもしれませんが、“怖れ”自体は本物です。だから作者名くらいは言いたいのですが、どうしようもないのが私の記憶力、覚えられないものは覚えられません。
【周辺を忘れてしまったもうひとつの話】
そのひとつに次のようなものがあります。
「ひとりの哲学者がいた。彼は筋金入りの無神論者で、『神はいない。死後の世界も来世もない』と触れ回りながら一生を終え、そして死んだ。ところが死んでみると『死後の世界』はあったのである。しかも彼は無神論を広めた罪によって罰せられる。長い長い道のりを、ひたすら歩いて行かなくてはならないという罰を与えられたのだ。
ところが彼はその場に寝ころんで、罰を受けることを拒否してしまったのである。まことに無神論者らしい所業である。
そして時が過ぎた、ずいぶん長い時が過ぎた。哲学者はやがてむっくりと起き上がると、その長い長い道を歩き始めたのだ」
神の深慮が哲学者に優ったという話としても面白いし、「罰として歩くのではなく、自由意思で歩くことを選んだ人間のたくましさ」といった形で捉えるのも面白い話で、さまざまに料理できる素材です。しかし私のオリジナルではない。
こうしたときにどうすればよいのか――それは「ムカデのジレンマ」で実証済みです。生成AIに気いてみればいいのです。
そこでさっそく訊ねたCopilotの回答が次のようなものでした。
(Copilot)
残念ながら、検索結果からはこの小話の具体的な出典を特定することができませんでした。もしかしたら、これは特定の書籍や記事ではなく、インターネット上で広まった話かもしれません。
半ばOKです。分からないなら分からないでかまいません。若い頃ならムキになって調べ続けたところですが、歳をとってからは「棚上げ」というやり方が身についています。疑問を疑問のまま忘れずにいれば、答えに遭うこともある、AIですら答えられないならそのまま気長に待ちましょう――ということ、そう思いかけて今回に限り、ちょっと別のことを思いつきました。
「Copilotは分からないと言ったが、ChatGPTならなんと答えるのだろう?」
もちろんより良い答えを期待してのことではありません。
【ChatGPTはかく語りき】
ChatGPTもCopilot同様に、答えは早いです。
ChatGPT:
その話は、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの短編小説「神を信じない者の夢」に似ています。この作品では、死後の世界や信念の影響について考察されています。(中略)もしもっと詳しい情報が必要であれば、教えてください!
あなた:
「神を信じない者の夢」を読みたいのだが、どういう方法があるのか。
ChatGPT:
「神を信じない者の夢」はドストエフスキーの作品の一部で、彼の短編小説集や詩集に収められています。以下の方法で読むことができます。
書店で購入: 大型書店やオンライン書店でドストエフスキーの短編集を探すと見つかるかもしれません。
図書館で借りる: 地元の図書館や大学の図書館に所蔵されている可能性があります。
(中略)
興味があれば、ぜひ試してみてください!
関連サイトを紹介してもらうつもりで「どういう方法が~」と訊ねたのですが、AIは私を小学生レベルだと思っているのかもしれません。そこで、
あなた:
その短編集の題名を調べてほしい
ChatGPT:
ドストエフスキーの短編小説「神を信じない者の夢」は、一般的に「短編集」としてのタイトルがないため、特定の短編集に収められていることが多いです。彼の短編を集めた本の一例として「短編小説集」や「ドストエフスキー短編集」といったタイトルの本があります。
具体的なタイトルとしては「不幸な少年」や「地下室の手記」などの短編が収められているものが多いので、それらの中に含まれているかもしれません。特定の短編集を探す場合、書店や図書館での検索が役立つと思います。
私は50年近く前に買った河出書房新社のドストエフスキー全集を持っています。しかしそこには「神を信じない者の夢」という題名の作品は載っていません。調べると1990年代に福武書店から出版された「ドストエフスキイ前期短編集」および「ドストエフスキイ後期短編集」にも同名の短編は掲載されていません。ちなみに両短編集に納められていた作品は、すべて私の持っている全集にも入っていました。つまり漏れはないのです。
「地下室の手記」は「地下生活者の手記」「地下室の記録」といった類似の題名でも翻訳されているドストエフスキーの作品で、この作者にしては短いですがどう考えても短編ではなく、中編以上の小説です。また「不幸な少年」という作品もありません。
これ以上続けても、150年前に亡くなった大文豪の作品がムダに増えるだけです。ChatGPTのヨタ話はもうつき合う必要もないでしょう。作文とか翻訳とか、他に特技がありそうですからそちらで活躍してもらうことにします。何かを教えてもらうことは致しません。(*)
(この稿、終了)
*ただしドストエフスキーを疑ったのはあながち的外れとは言えません。実は私の気持ちの中にも《ドストエフスキーの長編に差し込まれた挿話ではないか》という強い思いがあって、「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」をあちこちひっくり返したことがあるのです。けれどもしかしたら「カラマーゾフ」か「罪と罰」かというところに誤りがあって、それ以前の「悪霊」とか「白痴」といった作品の中にあったのかもしれません。今のところコンジョウがわかず、そのままにしてありますが。
【追記】
「ムカデのジレンマ」についてしつこく調べていたら、その英語の題名“Centipede's Dilemma”から英文のwikipediaにリンクが飛んで、詳しい説明を読むことができました。もちろん自動翻訳に頼ってのことです。それによると、
この短い詩は、通常、キャサリン・クラスター(1841-1874)の『ピナフォア・ポエムズ』(1871年)に収録されているとされています。『ザ・スペクテイター』や『リテルズ・リビング・エイジ』などの雑誌に掲載され始めました。
ということでした。ジョージ・ハンフリーとの関係についても書かれているので、興味のある方は見に行ってみてください。私はこのあたりで一息つきますが――。