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「『入学式』の起源が分からない」~外国には類例のない入学式、いつから始まったものだろう?

 例年より開花の早い今年は、冷涼な私の地域でも桜の下での入学式。
 家族にも知り合いにも新入生はいないが、心から祝福したい。
 それにしても日本にしかない入学式、
 いったいいつから、どこで始まったものなのだろう? 
 という話。(写真:フォトAC)

【今が盛りの桜、40年前は5月2日が満開だった】

 私の住む田舎は今が桜の満開。
 昨日は95歳の母にせがまれて枝垂桜で有名なお寺から市内中心部の桜、少し離れた場所の堤防の桜並木を眺めてから古墳の桜を巡って、およそ2時間のお花見をしてきました。私はさほど興味もなかったのですが、母は「今生の桜の見納め」とかで大喜びです。この「今生の桜の見納め」は、すでに10年以上の年中行事になっていますが。
 
 その桜を一緒に眺めながらふと思い出したら、40年ほど前の初任のころ、どうせ休みボケで勉強にならないからとゴールデンウィークの合間に入れた遠足で、全国的に有名な桜の景勝地が爛漫の桜だったことがありました。観光客を当て込んだ「桜祭り」は二週間も前に終わっていて、出店も夜桜のための照明もすべて撤収済み。来ているのは私たちと地元のお年寄りばかりという贅沢な桜見物になりました。
 あの年の桜は特に遅く、今年の桜は特に早いとはいえ、丸々一カ月もの差があってやはり温暖化の影響は少なくないだろうなと、改めて思い知らされるような気がします。
 
 そして私の地域では今週末が入学式。
 桜吹雪の中の入学式というのは都会の風景で、私たちには縁のないものと思い込んでいましたが、今年の新入生は稀有な体験ができて幸せです。コロナ明け気分の高い、久しぶりの普通の入学式。私には家族にも身近なところにも新入生がいるわけではありませんが、小さな新入生を思い浮かべながら、心から祝ってやりたいと思います。

【日本独自の学校行事「入学式」の起源が分からない】

 ところで、「入学式」という行事は日本独自のもので外国には例がない、という話を聞いたことがあります。そこで調べてみると韓国に多少似た事例があるものの、他はまったくそれらしいものがなく、入学前に簡単な説明会があって指定された日に親が子どもを学校へ連れてくると、そのまま授業が始まるようなのです。なんともしまりのない始まり方です。

 しかし考えてみると江戸時代の寺子屋や藩校にも入学式というものはなく、現在の学習塾とおなじように親と子が必要・適切と思えば入学し、教育課程が終了すれば卒業というふうになっていました。入塾・退塾がバラバラな現代の学習塾に入学式・卒業式がないように、寺子屋も藩校もそうした一斉の式はできなかったのです。

 だとしたら入学式(卒業式も)の始まりは、同年代の全員が同じ日に入学し、同じ日に卒業する現代の学制が始まってからということになります。しかしその先がよく分かりません。
 わが国最初の運動会や本邦初の修学旅行には記録があるのに、入学式と卒業式についてはなかなか出てこない。海外に前例を求めても入学式に例はなく、卒業については欧米にプロムがあってプロムナイトのパーティは特に有名ですが、それとて高校卒の行事で日本のように小学校や中学校の卒業が華々しく行なわれている様子はまるでないのです。
 それ以上はよく分からないので、これからも気にして、答えが向こうから降ってくるのを待ちましょう。俗に「犬も歩けば棒に当たる」と言います。疑問は忘れずに持っているだけでいいのです。

【やはり入学式は大切にしたい】

 話は変わりますが半月ほど前、夜の8時半ごろ、家を出ようとして門のところで夜の散歩中の父娘と鉢合わせになりました。思わず「こんばんは」とあいさつすると、父娘で同時に返してよこします。方向が同じなのでそのまま歩いて「ん? 何歳かな?」と訊くと女の子は、
「3歳!」
 そして聞かれもしないのに、
「アタシね、こんど保育園に入るの。楽しみだなあ」
と、前を向いて元気に歩きながら言います。保育園に行けるほど成長したことが自慢なのか、ただ単に楽しみなのか――よく分かりませんが妙に自信めいたきっぱりした言い方でした。

 そう言えば小学校に入ってくる新入生も似た感じで、
「算数を頑張ります!」
「国語が楽しみです!」
などと言ったりします。もしかしたら一生でたった一回、ほとんどの子どもたちが勉強を心待ちにできる奇跡の瞬間なのかもしれません。中学校1年生も高校1年生も、同様にその多くがやり直し気分で輝いています。

 そんな子どもたちを少し大げさに、歓迎し、祝い、喜ぶ日本の入学式。やはり大切にしたいものです。