そう言えば8年前、長女の婿が挨拶に来た時は、
石のように固まった若者を支えるのが大変だった。
長男はうまくやれただろうか。そして我が家に来るときは・・・、
という話。
(写真:フォトAC)
【長男のアキュラ、結婚を決意する】
私には二人の子がいて、長女はすでに結婚して二児の母親となっています。その弟で、今は東京でサラリーマンをしているアキュラ(もちろん仮名)が、結婚することになりました。
94歳の母(アキュラの祖母)に報告すると、「良かった」「良かった」と泣き、
「もうあの子は結婚しないのじゃないかと思って、心配で、心配で・・・」
――オイ、オイ、母さん、ウチには三人の男がいて、死んだ父(アキュラの祖父)が結婚したのが30歳、私が34歳、弟に至っては40歳まで独身でいたのだからアキュラの29歳なんて若すぎるくらいなものだ、そう言いかけたのですが、だいぶ耄碌していますので訂正するほどのこともないと考え直し、そのままにしました。
相手のお嬢さんについてはほとんど何も知りません。付き合っていたのは知っていたのですが、名前を聞いたのも最近です。「人柄」と同じ意味での「家柄」のいい娘さんならいいなあと思うのですが、妻に言わせれば、
「アキュラみたいな地味な子を好きになって、結婚してくれようとするのだから、人柄も家柄もいい娘でしょ、きっと」
ということで、こころ穏やかに待つことにしました。
娘の時は挨拶にきた現在の婿がほとんど石みたいにカチカチで、どうでもいい世間話がひとつ終わっても肝心なことを言い出さず、娘や私の妻が話題の接ぎ穂を次々と繰り返しても出てこないので、焦れた私が、
「で、今日いらっしゃったご用件は?」
と訊いてようやく、結婚の話が出てきました。
「・・・ということで、ご両親にはお嬢さんとのご結婚をお認めいただきたく・・」
なんでそんな難しいセリフを覚えて来たのか。単に「結婚を認めていただきたいので、よろしくお願いします」でいいのに、あちこちに「お」だの「ご」だのを入れるから「お嬢さんとのご結婚」みたいな変な言い回しになってしまう、と心から同情したものです。
【実現することのなかった婿を迎える儀式】
娘からは事前に、
「先月から心を病みそうなくらいに悩んでいるから優しくしてね」
と言われていたので手を抜きましたが、実は将来の婿が挨拶に来たら是非ともやろうとしていた計画があったのです。
ひとつは放送作家でプロデューサーの秋元康さんが結婚前のあいさつに行ったとき、相手の親御さんが言った言葉をなぞることです。
「あなたでしたか。
『子はさずかりもの』と言いますが、私は『天からの預かりもの』だと考えてこの娘を育ててきました。今日、あなたにお会いできて、『預かりもの』をお返しできるのがほんとうに幸せです」
記憶が曖昧でまったくその通りではありませんが、いいセリフでしょ?
もうひとつは用意してあった小箱を渡すことです。
「私には、娘の夫になる人が現れたら渡そうと思っていた品物がひとつあります。これです。
高価なものではありませんが、私自身が亡くなった義父からいただいたもので、今日までずっと大切にしてきたものです。どうか、お納めください。あなたも大切にして次に受け継いでくださいね」
そう言って目の前で箱を開けさせます。
それが実はびっくり箱。
婿がギャッと叫んで飛び上がり、場がなごむ――そういう趣向で、娘が高校生のころから計画していたものです。娘も大いに乗り気で「やろう」「やろう」と言っていたのですが、直前になって、
「あれ、絶対にやっちゃダメだからね。今、ショック死されても困るから」
ということで中止になってしまいました。それでごく普通の顔合わせとなったわけです。
先日、アキュラも相手のお宅に挨拶に行きましたが、うまくできたのでしょうか? 親御さん、つまらない画策をしていなければいいのですが。
【次はこちらの番、新たな作戦】
細かな内容まで聞きませんでしたが、どうやらアキュラはうまくやりおおせたみたいです。今度は我が家の番です。
こちらは申し込みではなく紹介ですから、さらに気楽にやれると思っていたらアキュラが意外と緊張しています。
先方に挨拶に行った日の夕方、LINEで様子を訊くと、
「無事、終わりました。とてもいいお父様とお母さまでした!」
との返事。写真が添えられていてずいぶんガタイのいい、強面のお父さんです。そこで、
「お父さん、ごっついなぁ。負けそう」
と続けると、
「威圧しちゃだめだよ。」
私もけっこうな強面なのです。そこで、
「おう! 任せておけ!」
と書き送ると、
「不安しかないです。」
アキュラは父を何と心得ているのか。
しかたないので、私はずっと柔らかな作戦を立てることにしました。アキュラの推薦状と保証書を書いて彼女に渡す計画です。
(この稿、続く)