「学校に居場所のない子どもたち」~自分の居場所がない! ①

 家にこもってゲームをし続ける子どもたちが共通に語る言葉、
 「ゲーム以外に自分の居場所がない」。
 私たちはこの言葉をどう解釈し、
 どう対応したらよいのだろう。

というお話。

f:id:kite-cafe:20200527070151j:plain(「港の風景」フォトACより)

 

【自分の居場所】

 先週水曜日(2020.05.20)のNHKクローズアップ現代+「外出自粛の陰で…ゲーム依存は大丈夫?」の中で、部屋に引き籠ってゲームをし続ける子どもたちに共通な言葉として「自分の居場」が繰り返し出て来ました。

「家庭内に自分の居場所がない」「学校に居場所がなかった」「オンラインゲームの中にしか自分の居場所はなかった」という使い方をします。

 察するに「安心して居続けることのできる場」「評価して認めてもらえる場」「大切にされていると感じられる場」「少なくとも惨めだったり孤独だったりしない場」、そんな感じの言葉のようです。
 しかしこれ自体は新しい概念ではありません。そういう言い方をしたかどうかは記憶にないのですが、昔の非行少年はみんな学校や家庭に「居場所」のない子どもたちだったからです。
 
 

【学校は子どもの港、たくさんの係留柱】

 日本の義務教育学校というのは非常に多彩な場所です。教科だけでも九つもあります。国語・社会・数学・理科・英語・音楽・美術・体育・技術家庭科――これだけあれば一つぐらいは得意な科目、好きな科目は持てるのではないか、そう思いたくなるほどです。
 私の息子のアキュラは、教科担任が好きなこともあって音楽だけは「5」を取りたいと言って結局中学校3年間、音楽だけはすべて「5」でした。親のひいき目で見ても音楽的センスのあるような子ではありません。しかし中学校くらいだと努力だけで何とかなるものです。
 
 ところが9教科全部パッとしない子、得意があっても一つ二つでは生き生きとできない子もいます。そのためにあるわけではないのですが、学校には教科学習以外に部活動と生徒会という二つの大きな柱があって、特に部活動では「生き生きできる」「そこが生きる場所である」といった子も少なくありません。
 朝、部活動のために学校に来て、入場料を払うがごとく、じっと我慢しながらよく分からない授業を午後まで受け、放課後になると目を輝かせて勇んで練習場に向かうような子たちです。

“そんなの学校の本筋ではないじゃないか”
などと言ってはいけません。教科ではさっぱり活躍できず、興味ももてない子というものもいるのです。そういう子が部活動で生き生きとできるなら、何だってかまわないじゃないですか。
 生活の中に生き生きとできる場のあること自体が素晴らしいのです。

 こうやってみると、学校はどこかしらに子どもが繋がる係留柱をもっている多彩な場所だということが分かってきます。しかしこれほどの多様さにもかかわらず、実際には学校に居場所のない、係留索をつなげる柱を持てない子もいるのです。

 部活動は有力な柱と言いましたが、大きく分けるとスポーツと芸術がほとんどで、両方ともダメな子はここでも切り捨てらます。生徒会活動にも向かない子はいます。学級という集団自体が嫌な子だっています。

 最後の頼みは“友だち”です。
 実際に“友だちに会うために学校に来ている”という子はかなりの割合でいますし、教科や部活動・生徒会は二の次で、友だちとしゃべったり遊んだりすることだけが楽しいという子は意外と多いものです。
 ところがその“友だち”すらいないとなると、学校はまるっきり「自分の居場所のないところ」といった感じになってしまいます。周囲が異邦人ばかりなのですから。

「安心して居続けることのできる場」ではなくなり、評価し認めてくれる人もいません。そして孤独です。
 
 

【その学校に居場所のない子どもたち】

 私は四半世紀も前に、引きこもりの専門家の富田富士也さんの講演会で聞いた次の一言を、今も印象深く覚えています。
「登校拒否(不登校を当時はそう言った)の子たちが学校が嫌なのは、そこが人間関係を強制するところだからです」

 学校は知・徳・体を育てるところです。
「知」は教科学習に代表され、「体」は運動や保健衛生のことです。そして「徳」は“道徳を始めとする人間関係の教育すべて”のことを言います。
 見方を変えれば、部活や生徒会・学校行事と言った特別活動も、教科学習の中で行われる指導のすべても、みな円滑な人間関係を築くための力をつける「徳の教育」だと言えます。

 ところが実地研修のような形で「徳」の学習をさせようとすると、前提として、学級活動とか生徒会活動とか部活動とかいった場で、拙いものであっても人間関係を結んでもらわなくてはなりません。
 拙いですからしょっちゅうぶつかり合う、問題が起きる、そしてその問題解決を通して、より良い人間関係を結ぶ力が育ってくるのだと教師たちは信じているのです。

 ところが学校の活動のどの部分でも生き生きとできる場がなく、さらに友だちもいない子にとって、この人間関係の強制は苦痛以外の何ものでもありません。

 大昔は、そういう子たちが学校に寄り付かず、街に出るようになりました。そこにはタバコを吸ったり酒を飲んだり、バイクを乗り回したりすることで仲間から賞賛を受けるような場があったからです。

 1970年代の後半、なぜか街を徘徊していた子どもたちが学校に戻ってきて校内で暴れるようになります。校内暴力の時代です。そこには権力に反抗した70年までの学生運動の影響もあったのかもしれませんし、あるいは社会秩序が回復してきて外での活動が難しくなったという面もあったのかもしれません。とにかく彼らは学校に戻り、校内に自分たちの「居場所」をつくってしまったのです。
 当時の学校の先生の、
「なんで不良少年たちは学校が好きなんでしょうね?」
という言葉を私は忘れません。

 元気のよい子が戻って来て、元気のない子たちが学校に寄り付かなくなりました。この子たちは外でたむろしたりせず、家に籠ってしまいましたから最初は目立ちませんでしたが、気がつくと大変な数になっていました。
 不登校時代の始まりです。

(この稿、続く)