今週もいろいろあって書きたいことを書ききれませんでした。
そこでほとんど書きなぐりのように記録を残しておきます。
【戦争は既に始まっている】
先々週、というか前々回の「女城主 井伊直虎」に、徳川家康が武田の要衝「高天神城」を半年にわたって取り囲み、補給路を一つひとつ断ったうえで兵糧攻めにする場面が出てきました。
織田信長の命令によって降伏を認めない方針をとった家康は、「干上がるか、討ち死にするか選ばれよ」と書状を送り、耐えかねた武田軍(城将岡部元信)が撃って出たろころを壊滅します。ただし実際に出てきた兵はわずかで、ほとんどは城内で餓死していたと言います。
それを見ていて突然気づいたことは、「第二次朝鮮戦争」は既に始まっている、ということでした。テレビのワイドショーは今も連日「戦争だけは避けたいですねェ」とか言っていますが、韓米軍にとっては「兵糧攻め」、北朝鮮にとっては「籠城戦」という攻城戦が既に始まっているのだ――そう考えて初めて分かることも少なくありません。
現状はこうです。
怒鳴十乱(どなる・とらん)軍は北朝鮮城の9割方を遮断し、城の北西の領主・習近平(ならい ちかひら)と北東の領主、怪僧・不沈(ふちん)管主に「北朝鮮城への道を塞げ」と圧力を加えるところまで来ています。
しかし近平は北朝鮮城の逆恨みを恐れ、不沈は北朝鮮城と十乱を天秤にかけて、なかなか首を縦に振りません。
北朝鮮城は窮乏に耐えながら無敵艦隊の到着を待っています。「相死毘炎(あいしびえん)」という名の無敵艦隊さえ到着すれば、互角以上の戦いができると信じているからです。
北朝鮮城は「あと一歩で『相死毘炎』が到着する」と我慢し、怒鳴十乱は「あと一歩で北朝鮮城は干上がる」と考えていますから話し合いにもなりません。
戯言はこれくらいにして――。
【北修羅場】
現実に核ミサイルを持ちつつあるのだかから、北朝鮮が要求するように「核保有国」として認めてやったらどうか、という意見があります。インドだってパキスタンだって黙認されているじゃないかという考えです。
しかしインドもパキスタンもアメリカや日本を焼け野原にするとか沈めるとか言ったりしません。「核保有国として認めろ」などとも言いません。
なぜ言わないかというと両国の核ミサイルは隣国を意識したものであって世界中を相手にしているわけではないからです。
北朝鮮だけはアメリカを火の海にする、されたくなかったら「核保有国として認めろ」といっているのです。認めれば「責任ある核保有国」として核不拡散に協力するとも言っています。
つまりこれはNPT(核拡散防止条約)で核保有を認められた五か国(英米仏中露)に北朝鮮を追加しろという意味なのです(実際に条文を書き換えるかどうかは別として)。もしかしたらそうした形でNPTの枠組みに戻ってきたいのかもしれません。
さてそうなれば次は国連の常任理事国です。英米仏露中と肩を並べた北朝鮮がそれを要求しないはずはありません。それが終われば北朝鮮も無茶なことは言わなくなるでしょう。
(メデタシ、メデタシ)
【「撃つぞ!」ではなく「売るぞ!」】
米露は互いに何百本もの核ミサイルを向け合っていますが、クリミア併合の際、アメリカ・欧州はロシアに経済制裁を加えることをためらいませんでした。核の均衡は経済制裁を妨げないのです。
したがって北朝鮮が核搭載のICBMを何百基持とうと経済制裁が解かれる可能性はありません。ロシアと同じように、あるいはそれ以上に苦しむだけです。
ただし北朝鮮にはロシアが決してしないことを行う用意があります。それは核ミサイルを「撃つぞ!」ではなく「売るぞ!」です。
北朝鮮がイランに核ミサイルを売るようだ、斜陽著しいISに渡すみたいだといった情報が流れただけで、国際社会は震え上がります。そこで北朝鮮は「平和」攻勢をかけます。
「経済制裁を解けば売却及び譲渡はしない」
武器も覚せい剤も偽ドルも平気でつくって外に出すならず者国家ですから、一度味をしめたら何度でも同じ手を使うでしょう。
かくて恐怖の下の平和は永続するわけです。
【ディール・ザ・トランプ】
「トランプ氏はビジネスの成功者なのでディールに長けている」
という言い方があります。この場合ディール(deal)は「取引」と訳されます。ただしトランプ氏がまっとうな不動産取引で億万長者になったのか、もっとヤバイやり方だったのか、はたまたコメディアンとしての成功が単に金を引き寄せただけなのか、いまのところ不明です。今日まで彼の資産が公表されたことも、収支の実態も不明なままだからです。
トランプゲームでカードを配ることも同じ「ディール」です。トランプとディールはこんなところでもかかわりがある、という点で面白いと思いました。
ディールにはほかにたくさんの意味がありますが、調べてみたら「(人に打撃を)加える」もディールでした。俗語では「麻薬を売買する.」というのがありました。
発火性の高い可燃物と燃料満載のエルサレムに、アメリカ大使館の火を掲げるというトランプ大統領、「(中東に打撃を)加える」ことも「麻薬を売買する」をはるかに越える重大犯罪もいとわないみたいです。
【大相撲はもう見ない】
日馬富士の問題はもう扱わないと決めていました。
あとはもう、今回のことを前例として、血の一滴も流れたら横綱であろうと親方であろうと即刻辞めてもらう、そういう方向に向かえばいいと半ば匙を投げていたのです。
ところが貴乃花親方と貴ノ岩が何も語らない中で、マスコミの勝手な忖度と憶測が渦巻いて問題はあらぬ方向に行ってしまいました。
今や「改革派貴乃花 vs 守旧派相撲協会+白鵬」のガチンコ勝負だそうです。
週刊誌の見出しなどを見ると、八百長を含むなれ合い相撲で角界を汚した白鵬グループと、それをコントロールできない相撲協会に対し、貴乃花親方が猛然とかみついているということです。
貴乃花親方と白鵬の反目は、もとを質せば親方がいつも座っているバスの席に白鵬が座ったとことに始まり、怒った親方が遅刻した白鵬を待たずにバスを発車させたことに端を発しているとか。以来モンゴル力士があいさつしても、貴乃花親方は一顧だにしない。白鵬も「冬巡業に貴乃花親方がいると不安」とか言って蹴飛ばしてしまう(小学生か!)
なんだか出てくる話題が下世話というか、情けないというか・・・。
モンゴルなんか入れるからこういうことになるのです(ちなみに私は白鵬ファン)。
いくら日本人より日本人らしいとかおだてても、生れ落ちて十数年間に身についた国民性はぬぐい切ることはできません。だから外国人力士を入れれば入れるほど相撲文化が変質するなど、高見山以来分かり切っていたことです。
言葉も十分通じない国に来ればツルミもします。互助的にもなりがちです。決定戦で日本人力士が勝つと万歳が起こるような空気では、互いに守りあっていくしかないのです。
その上さらに入門を許しながら外国籍力士は親方にしないといった意地悪をするなら、最初から入れなければいいのです。そんなのは差別でも何でもない。
宝塚歌劇団が男性を入れず、歌舞伎が女性を拒否するように、相撲は神事ですから外国人は入れない、それで十分です。
(もちろん今から外国人力士はクビというわけにはいきませんから、今後ひとりも入門させずしばらく待つ、そういうやり方で20年も待てば外国人力士は一人もいなくなります)
国技であり神事である相撲の1300年の伝統を、本気で守っていくつもりなら、そのくらいはしなくてはいけません。
ただ、私はもうこんなに汚れて子どもじみた角界にはウンザリです。
もう大相撲は見ませんから、あとはどうなってもかまいません。