「教員不祥事の憂鬱」d〜脳内で起きていること

 私は心理学で修士号を取りましたがそれにもかかわらず心理学をあまり信用していません。心理学が悪いというのではなく、一部の”専門家“たちがあたかも人間を完全に捉えたかのように言うのが嫌いなのです(そこまで言うなら不登校の子を学校に行きたくてウズウズする子に変え、落ち着きのない子を辛抱強く学習に向かう子に変えてみろ!)。

 心理学は若い学問です。人間の心を海に例えれば心理学が解き明かしたのはせいぜいが東京湾程度、広い広い太平洋はまだほとんど手つかずのままです。だから本当はもっと謙虚でなくてはならないのに、メディアに登場する“専門家”たちの多くは切れるほどに高慢です。

 しかしこの世にはもっと胡散臭い連中がいます。それは脳科学者たちです。

 私は彼らの能弁で確信的な物言いが嫌いです。結局はキャラなのでしょうが“脳”と“心”のことをあんな風に確信的に言えるのは、どこかに(あるいは全部に)ウソがあるようで、まったく素直になれないのです。

と、さんざん悪口を言っておいて、以下は脳科学者の知見を引用しながらお話します。

 ストレスは判断力を弱めるという話です。

 脳が強いストレスを感じると副腎に命じて髄質からアドレナリン、皮質からコルチゾールというホルモンを分泌します。

 アドレナリンは運動器官への血液供給を増大させるとともに心臓や肝臓、骨格筋の血管を拡張させ、逆に皮膚や粘膜の血管を収縮させます。呼吸の効率を高め、痛覚を麻痺させる――。つまりアドレナリンは人間を戦闘モードに入らせるもので、体が素早く動けるようになるとともに出血はしずらく、そして痛みも感じないようにするそういうホルモンなのです。

 一方コルチゾール代謝をコントロールし免疫力高める働きをします。簡単に言うとエネルギーを補給し、万が一の損傷に備えて免疫システムを最大限に働かせようするものです。

 つまり危機に対してアドレナリンが戦闘モードをつくりコルチゾールが背後を固める、そんな感じで危機に備えるのです。

 ところがストレスが長引くと、今度はそれらストレスホルモンが生体に負担を与えるようになります。アドレナリンとコルチゾールを出し続けるような極度の緊張に、人間は耐えられないのです。

 アドレナリンの過剰な血液供給や血管の拡張・収縮は高血圧や血栓を生み、動脈硬化も始まります。

 コルチゾール代謝によってエネルギー(糖)をつくり続けますから肥満や糖尿病へと結びついていきます。免疫力を高める働きの方はやがて失速し、正常値からさらに低い水準にまで低下していきます。凄まじいストレスのあとでガンを発症するといった話(例えば2011年福島第一原発の吉田所長など)はよく聞くところです。

 コルチゾールはやがて脳の海馬を委縮させるようになります。脳そのものが変形し始めるのです。海馬は記憶を司る部位ですから記憶障害が始まったりします。それにつれて海馬に繋がる脳内のあちこちで不都合が生じてきます。

 すぐ近くにある偏桃体が刺激されると情緒面に影響が出始め、恐怖や不安に捉われるようになってうつへの道が切り開かれます。

 脳の司令塔である前頭前野に影響が広がるとその部位の活動が弱まり、判断力の低下をきたします。この場合の“判断力低下”は認知症にしばしばみられるような「善悪の判断がつかなくなる」といったものではなく「判断が遅れる」といった形をとります。

 自分に向かって落ちてくる物をとっさによけられない、自動車運転でミスを繰り返す、自分の行動に抑制が効かない、遅れる――。

 そういうことのようです。

 私は今、ネットのあちこちで確認しながらこの文章を書いていますが、脳内のできごとがこんなふうに鮮やかに説明されることにむしろ不安を覚えます。ほんとうにそうなのかという不信感に捉われるのです。

 しかし半信半疑でありながら、なおもこうした説明にすがらざるをえないのは、そうとでも考えなければ新進気鋭の若く優秀な教員が盗撮で捕まったり、50歳をゆうに過ぎたエリート校長が突然万引きをして警察に突き出されるといった事態が受け入れられないのです。

                                (この稿、続く)