行動療法のこと

  摂食障害の生徒を担任した事があると話しました。

 この子に関しては保護者や掛かりつけの医者の動きが早く、早期に治療できたため担任としてはほとんど苦労しなかったのですが、予後の心配があって気を遣いました。

 その時この子が受けた「行動療法」というものがなかなか興味深いものなので、ここに記しておきます。

「行動療法」というと何となくあれこれ動かしながら治療するように聞こえますが、これは「行動主義心理学の考え方をもとにした治療法」という意味での「行動療法」で動くこととは関係がありません。

 行動主義というには精神分析学に対置する形で生まれた心理学の一派で、要するに「人の心なんて一生懸命考えたところで分からない。私たちは目に見えるもの(行動)を通してしか研究をしない」という立場で研究する人たちのことです。現在の心理学の最大多数派で、精神分析を中心とする心理学が文学部の中に育ったのに対し、行動主義は極めて理系的で統計学を多用します。

 摂食障害に関っていえば、「原因は何か」とか「ほんとうに治ったのか」といった内面の動きには興味を持たず、とにかく拒食の子が気持ちよく食べるようになり、過食の子が無理なく食のコントロールができるようになったらおしまいです。それ以上は問いません。

 治療の実際の場面で多くつかわれるのは「アメとムチ」です。

 私の教え子の場合、入院と同時に病室から楽しいものの一切が遠ざけられまました。テレビも雑誌も書籍もゲームも、一切の持ち込みができません。看護師も仏頂面でやさしい言葉一つかけてくれません。

 その上で食事が運び込まれ、食べるように指示され、食べなければそのまま下膳されます。そんなことが繰り返されるうちに、いつか患者は何かを口にします。その瞬間に看護師や医師からやさしい言葉がかけられます。

 食べる量が増えると会話の中身が豊かになり、量が落ちるとまた仏頂面が始まります。食が進むようになると病室に本が入り、雑誌が入り、やがてテレビが入れられます。そして普通の食事ができるようになると、家族の面接が許され、普通の患者と同じサービスが受けられるようになります。

 まるっきりの人権無視みたいですが、本人の意思を尊重するとその人は衰弱死しますからそんなことは言っていられないのです。

 この話をしてくれた“元教え子”は当時を振り返って「最初はほんとうに苦しかった、意味が分からなかったから」と言いますが、きちんと説明されたらむしろ事は進まなかったでしょう。

 行動主義はいかにもアメリカ生まれらしいドライな心理学で私の気に入らない面も多いのですが、ケースを選べば非常に有効な方法です。

 不登校の子を学校に馴染ませるための深夜登校とか、とりあえず校門まで行けるようにするために“校門タッチ”とか、とかく首を傾げられたり馬鹿にされたりするものも基本的には行動療法的な方法だといえます。

 臨床心理の究極的な目標は患者が“治ること”ですから方法は何であってもよいはずです。私は最近「認知療法」に心ひかれています。しかしこれについては改めてお話しましょう。