「そうだ、選挙に行こう!」

 成人式というのは珍しい式で、祝辞が二本、ひとつは市町村長、もうひとつは選挙管理委員長と相場が決まっています(記念品贈呈は教育委員長)。

 めったに表に出てこない選挙管理委員長が祝辞を述べるのは、言うまでもなく選挙権を手にした新成人に選挙に来てもらいたいからなのですが、この話が実につまらない。首長と違って公の席でしゃべり慣れていないとか、祝辞の目的がはっきりしすぎて幅がないとかさまざまな理由はあるかと思うのですが、子ども相手に話すにはそれなりの方法があります。その点で、やはり素人なのです。

「あなた方は今日、素晴らしい宝物を手に入れました」とか、「選挙権は人類が手にした最も重要な権利です」とか言っても、それでは何も響いてこない――新成人が飽き飽きして私語を始めるのもこのあたりからです。ほんとうはもっとズバッっと言えばいいのです。

「選挙権を手に入れたところで、きっとお前らの半分も選挙に行かない。前回の総選挙なんて20歳代はわずか38%だ。お前らはバカか!?

 団塊の世代とか言われ、ただでも数の多いワシらは75%が投票に行っとるぞ。それがどういう意味か分かるか? 候補者たちはガキに語りかけるより、ワシら年寄りに話すことの方がどれだけ当選に近いか、よ〜く知っとるということだ。若者に甘いことを言うより、老人と約束した方が確実に議員になれると、みんなそういうふうに思っているのだ。

 だから“当選の暁”もみんな年寄りになびく、年寄りのための政治がまかり通る、それが今の日本だ。

 お前たちは選挙にも行かず議員も送り出さないから、就職もできんし結婚もできん。働いても働いても“猶、わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る”ワーキング・プアーだ。ところがこちらは(多少は減ったが)働かざるとも食える余裕の年金生活者、この違いがどこから来たのか――知っているのに動かない。だからお前たちはバカだと言うのだ。その意味が分かるか?

 何? ひとり自分が選挙に行ったって何も変わらない?

 冗談じゃない。今日この会場に集まった全員が投票するだけで市議会に3人は送り込める。その3人の議員が朝から晩まで若者のために働けば3年で市政は変わる。そして4年目はもっと多くの候補者が若者向けの政策を掲げて立候補してくる、それが政治というものだ。同じことを全国規模でやれば、国が変わる。

 だがしかし若者よ、団結するな。

 今後ワシもあと20〜30年は生きそうだ。お前たちが二十歳から50歳になるまでの、もっとも金を稼ぎ税金を払ってくれそうなその時期、国の金がお前らのために使われたのではワシらが困る。今日、わざわざこの場所に立たせていただいたので言っておく。働け、働け、働いて選挙に行かず、ワシらを養え!

 以上! 本日はご苦労さんでした。

    平成〇〇年 一月△日  選挙管理委員長 悪井 全介」

 今日は衆議院議員選挙の公示日です。半数ずつ交代させる参議院と違って全員一斉の総入れ替えですから総選挙と言います。私の目標のひとつは、「必ず選挙に行ける子の育成」。その気持ちは今も変わりません。