「私には、若者を選挙に向かわせる妙案がある」~参議院議員選挙が始まった。

 国政選挙の投票率の低さを、若者だけのせいにするのはいかがなものか。
 問題は国民全体の政治意識の低下だ。
 しかしそれとは別に、私には若者に選挙に行ってもらいたいわけがある。
 そしてさらに、彼らを選挙に向かわせる妙案が、私にはあるのだ。

という話。 

(写真:フォトAC)

 

投票率、高けりゃあいいというものでもない】 

 参議院議員選挙が22日に公示され、7月10日の投票日に向けてすでに選挙戦が始まっています。
 国政選挙と言えばご多分に漏れず投票率の低さ、ことに若者の投票率について問題にされがちですが、若い世代の投票率の低さなんて私が選挙権を手に入れた半世紀前ですら言われていたことですから大したことではありません。

 問題は全世代で投票率が下がっていることで、前回参議院選投票率は48・80%。比例代表ではその39・77%を自民党が取って第1党になったわけですが、「国民の2割しか支持していない自民党」みたいな言われ方をするので厄介です。たしかに48・80(%)×0・3977=19・41(%)。だから自民党支持者は有権者の2割弱、というのも間違いではありませんが、同じ計算で野党第1党ですら8%しか得票できない現実を無視して、それを言い立てるのもいかがかと思うのです。
 しかし与野党双方にとって支持率が高いことは重要な要件ですから、投票率は高く保って行きたい、それも当然でしょう。

 そこで支持率の母数となる投票率を上げようという話になるのですが、韓国や米国での投票率を高さと対比させ、日本の若者たちの政治意識の低さを責めても気の毒だと思うのです。

 韓国の保守・革新、米国の民主党共和党の戦いは、どちらが政権を取るかで国の方向が180度も違ってきますから、若者も必死にならざるを得ないのです。ところがいまの日本は、自民党が政権に居続けようが立憲民主党に移ろうが、そこまで大きな変化があるようには思えない、だったら悪しき記憶を引きずる旧民主党系や何をするか分からない他の野党を選ぶより、自民党に任せておけば心配はなさそうだ――それが大方の考えで、だから自民党が第1党であり続けるのだと私は思います――というかみんなそう思っています。
 まさか国論が二分され、互いに憎悪と恐怖をバネに得票率を上げるような国になった方がいい、と思う人もいないでしょう。


【選挙に行かないで、若者は損をしている】

 大枠はいま申し上げた通りですが、一方で、私には若者に投票にいってもらいたい気持ちがあります。もう少し政治が若者向けにならないと、日本全体に活力が生まれないと思うからです。

 かつて「若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!?」 (ディスカヴァー携書 新書: 2009/7/7)という書籍がベストセラーになったことがあります。著者の説明だと、
「現在の60代以上は、払った税金以上の受給を受けています。
ところが今の20代は彼らが払った税金より4000万円低い受給しか受けられません。
日本の若者が“ソンをする” のは20代~30代前半の投票率が低いから。
政治に参加しない人が政治的に不利になるのは、ある意味当然なのです」

ということになります。

 現在20代の平均貯蓄額は165万円です(2019年金融広報中央委員会調査、以下同じ)。ところが60代は1314万円、70代でも1139万円もあるのです。その高額貯蓄所有者たちが社会福祉費の大部分を使っています。この1点を見ただけでも、いかに高齢者が恵まれているかは分かりそうなものです。

 この状況に、若者たちはただ黙って耐えているのでしょうか? 
 実はそうでもありません。SNSの中ではブーブーです。年功序列など親の仇、蛇蝎のごとく憎まれています。それなのに選挙にはいかない――。
 なぜ行かないのか?


【なぜ年寄りは投票に行き、若者は行かないのか】

「一票の重さが感じられないから」というのがよく言われる要因です。
「自分一人が行ったところで何も変わらない」
 しかしそれだったら高齢者も同じです。自分一人が行かなくても大勢に影響はありません。
 それでも私たちが投票に行くのは、
「若いころからの単なる習慣」だったり「行かなければバカだと思われるかもしれないと思っているから」だったり、あるいは「投票くらいしか社会とかかわる機会がないから」かもしれませんし「いつも人に頼まれるから」からかもしれません。「暇だから」というのも考えられますが、主たる要因ではないでしょう。
 そうではなく、共通して言えるのは「行って投票してその日のうちに、あるいは翌日に、選挙結果を見るのが楽しみだから」というのがあるように私は思うのです。

 長年生きて選挙に関わるうちに、だれが当選しそうだとか、コイツはそろそろやめた方がいいとか、いやはや生きのいい奴が出てきたものだとか、そういうことが自然と頭に入ってきます。その上で勝ち馬に乗ろうとするのか、逆に反対陣営に駒を張ろうとするのか、それは個々の性格によりますが、それが何となく楽しいのです。
 絶対当たらないと思いながらも宝くじを買ってウキウキしたり、馬券も買っていないのに重賞レースの中継を観たり、さしてファンでもないのに大相撲中継を気にしたりする、それと同じです。

 しかし若者には基礎となる知識がない。出走馬の性格や走り方が分からないと競馬もおもしろくない、関取の名前も経歴も知らなければ相撲も単なる裸の男のぶつかり合いです。
 かつての若者(いま老人)が齢を重ねるにしたがって選挙に行くようになるのはそのためです。

 しかしいまのままだと、いつまでたっても若者向けの公約を中心に、選挙で戦おうとする候補者は出て来ません。どうしたらいいのでしょう?


【私に妙案がある】 

 私が知恵を授けましょう。意識の高い若者は聴いてください。

 すべきことは若者の投票率を上げるということだけで、中身なんかどうでもいい、とにかく行け!
と訴え続け、場合によってはハイキングや合コンの企画の中に「投票」を入れ込んで、集団で行くのです。

 候補者をこちらに向かせるのに必要なのは投票率だけであって、中身なんてどうでもいいのです。政治意識が高いのか低いのか、困窮しているのかそうでもないのか、保守系なのか革新系なのか、そういうことはまったく重要ではありません。とにかく若者が投票するようになったと分かっただけで、候補者たちは若者向けの公約を用意し、さらに次の選挙に向けて何とか実現しようとしてくれます。

 誰に入れたらいいのか分からないと言って躊躇している人は、誰でもいい、どこでもいい、行って政党名や候補者名を適当に書いて来ればいいのです。名前を憶えていなくても記載台(名前を記入する場所)の前に立てば、目の前に貼ってあります。
 また、適当に書く不誠実で耐えられないという人は何も書かずに投票箱に入れればいいのです。白票(無記入の投票)は「今の政党・候補者には期待できない」とか「きちんと説明しないから何も分からない」という立派な態度表明です。恥ずかしがることはありません。

 出口調査といって投票所の出口で新聞社や放送局の人間がアンケートを取っていることがありますが、声を掛けられてもまじめに話す必要はありません。「投票内容は秘密です」と言って逃げ帰って来ればいいだけです。

 そうやって何度も投票に行くうちに何となく政治が分かってきて、選挙も楽しみになってきます。しかしそれを待っていたらいつまでも若者の生活はよくならないでしょ?  年寄りだってそんなに真面目に投票しているわけではないのです。とにかく行って、投票率を上げた方が勝ちなのです。

 意識の高い若者は、ついつい投票の重要性といったことから話を始めそうですが、それが理解できないから行かないのです。何でもいいから行って投票率を上げましょうと訴え、できるだけ多くの仲間を投票所に送り込みましょう。
 たぶんそれが、若者の目を選挙に向ける近道です。