すこし古い話ですが、先月25日に行われたサッカー・東アジアカップの日本対オーストラリア戦では鹿島アントラーズの大迫勇也選手が2得点を挙げ、日本代表が3−2で勝利しました。私はサッカーファンではないのでその世界のことはよく分からないのですが、大迫勇也の名前にはある思い出があります。彼の名は「大迫ハンパない」という言葉とともに記憶に残っているのです。今回の東アジアカップでも、試合中に大迫をたたえる書き込みとともにツイッター上を駆け巡った言葉です。
調べるとそれは2009年の第87回全国高等学校サッカー選手権大会の時のことです。大迫勇也を擁する鹿児島城西に敗れた、滝川第二高校のロッカールームにテレビカメラが入ると、そこには泣きじゃくる選手たちの姿がありました。中でもひときわ大声で泣いていたのが主将の中西で、そのとき口をついて出たのが「大迫ハンパない」です。
ユーチューブに残っているので改めて見ると、こんなふうに言っています。
「大迫ハンパないって、もう」「アイツ、ハンパないって」「後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん」「そんなん、できひんやん、普通」
この場面は現在では、「高校サッカーファンのあいだでは『清々しい敗者を映した名場面』として語り継がれ、大迫がプロとなった現在でも広く知られているのである」ということになりますが、リアルタイムで見た人にはちょっと違ったニュアンスで記憶に残ったはずです。
それはユーチューブでも最後の方に一部分残っていますが、「大迫、ハンパない」の後で、ロッカールームにひょっこり現れた監督の姿によってです。監督は着替えながらこんなふうに言います。
「あれは凄かった」「俺、握手してもらったぞ」
映像はそこで終わりです。しかし続きは私の記憶の中にあります。監督は続けてこんなふうに言ったのです(もしかしたら正確ではないかもしれませんが)。
「さすがにサインをくれとは、よう言わんかったがなあ」
その瞬間、ロッカールームに蔓延していたある“憑き物”が、ハラリと落ちる感じがしました。選手たちが呆れ、心の中で愛情をもって呟いた「先生、何しとるんじゃ、オレらが泣いてる時に」という声が聞こえたようにも思いました。
監督はさらに、「さあ、早よう着替えて。次の試合、応援に行くぞ」
そう言ってロッカールームから出て行きます。残った選手たちは今泣いていたことがウソのようなニコニコ顔でそれぞれ着替えをはじめます。それが私の覚えているあの日の番組の一部始終です。
これは誰にでもできる芸当ではないでしょう。選手との間に深い信頼がなければ、監督は単なる「敵のエースと握手してきた裏切り者」です。さらにこの瞬間、選手に与えるべきものが何なのか、直感的に理解できなければ余計なこともします。
私ならさしずめ、慰め、たたえ、その無念を煽った上でついでに教訓を垂れたりして、何とも間延びした無意味な時間を生み出してしまったに違いありません。
しかしせっかく全国大会まで来たのです。より多くの試合を見て、高いレベルの技術を盗んで帰る方がよほど得です。泣いている場合ではありません。
やはり高校で生徒を全国大会まで連れて来れるような人は、何かを持っているものです。
センスは真似できません。うらやましいことです。