「親に対応を求めるのは気の毒だ」〜パワハラと指導の狭間で 3

《暴力と引き離そうとしても、彼はたたいた後、必ず、君がいなきゃダメなんだってギュッと抱きしめるの、だから私、頑張れるの。ってそれ完全にDVカップルの構図で、あなたがそれを良しとしても、そんなのが肯定されてまかり通る世の中になれば、ある程度おかしくなるでしょ、だから正してくしかないのよ》

 ツイッターでそう呟いて物議をかもしたのはエジプト生まれのタレント、フィフィでした。

 DVと同じ構造かどうかは別として、宮川選手と速見コーチの間に男女関係に似た濃密なものを感じた人は少なくないと思います。

 

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 (ウィリアム・アドルフ・ブグロー「バッカス幼年時代」)

 

【疑似恋愛・疑似家族愛】

 18歳の女の子が単身体操協会を向こうに回してコーチを守ろうというのですから、寺田屋坂本龍馬が襲われたとき半裸のまま襲撃を知らせた楢崎龍(お龍)や2・26事件に際して青年将校の銃の前に立ち、身を挺して夫へのとどめを思いとどまらせた鈴木貫太郎夫人にも似た激しさです。

 もちろんだからと言って速見コーチと宮川選手の間に男女関係があったと本気で考える人はいませんし、似たような例はスポーツ界にいくらでもありますから怪しむべきことでもありません。

 古くは鬼の大松と東洋の魔女小出義雄監督と有森裕子あるいは高橋尚子長久保裕コーチと鈴木明子などは疑似恋愛と言ってもいいような強い絆でむすばれていましたし、ニコライ・モロゾフ安藤美姫はほんとうの恋愛に発展したとさえ言われています。

 

 ですから速見コーチと宮川選手の間に似た関係があったとしても何の問題もなかったのですが、コーチが宮川選手に暴力をふるう動画が流されると、世間に大きな変化が生まれます。

 

 端的に言えば、宮川選手が訴えた塚原夫妻のパワハラのひとつ、

 これからも家族と共に先生を信頼して一緒にやっていきますと言ったところ、家族でどうかしている、宗教みたいだと終始高圧的な態度で言われた。

が、なんとなく正しいように思われてきたのです。

 あれほど娘が殴られているというのに、それでもコーチに信頼を寄せる家族・両親はほんとうにどうかしているのかもしれない――。

 

 しかしこれはバランスシートの問題なのです。

 娘が殴られるという負の要素に対して、コーチから得られる正の要素が爆発的に大きければ、そんなものは無視できます。宮川家がこれまで速見コーチから与えられてきたもの、将来与えられるかもしれないものはそれほど大きいと考えられたのです。

 

 それは宮川問題がひと段落した後、パワハラ問題におけるマス・メディアの閑暇を救うように現れた日体大駅伝部パワハラ問題からも垣間見られました。

 

 

日体大駅伝部パワハラ問題】

 日本体育大学駅伝部の問題は大学におけるパワハラ事件としてだけでなく、むしろ対象となった渡辺正昭監督の経歴に注目が集まりました。なぜなら1993年から2013年まで務めた愛知県立豊川工業高等学校の陸上部で、監督はすでに体罰で処分を受けていたからです。それも県の調査によると、2008年から2012年までの間に33件もの事案があったといいます。そのため2013年、渡辺監督は停職4か月の懲戒処分となり、自ら辞任します。

 

 注目されたのは5年間に33件という体罰の多さだけではありません。

 監督の辞任という緊急事態を受けた保護者会はそこから指導継続を求めて署名活動をはじめ、なんと3万8000人分というとんでもない数を集めたのです。豊川市の人口は2018年4月の推定で18万3000人ほどですから、赤ん坊も含めて実に5人にひとりが署名したことになります。

 さらに辞職からわずか一か月後、学校外とはいえ一部の選手の指導をはじめ、参加した部員は陸上部26名の半数以上、14人にも上りました。支持は絶対的でしたが復職は認められず、翌2014年、渡辺監督は日体大荏原高校陸上部の監督に就任します。このときも豊川工業高校陸上部から8人の生徒が転校したといいます(翌2015年、日体大駅伝部監督に就任)。

 

 こうした渡辺監督の経歴を紹介したあと、ワイドショウのコメンテーターは一様に、「親も毅然として体罰を許さない姿勢を示すべきだ」と言ったりしますが、そんな原則論を語っても現実は動きません。

 才能ある運動選手を子に持つ家庭は、それほど甘くはないのです。

 

 

【親に対応を求めるのは気の毒だ】

 最近聞いたところによるとフィギュアスケートの場合、5歳で始めて18歳でオリンピックに出ると考えると2800万円もかかるそうです。才能が早くから開花して協会の強化費などがもらえるようになると多少は楽になりますが、そうでなければ全額家庭から持ち出しです。

 

 テニスはかつて、超がつく金持ちの子弟でなければ選手になれませんでした。例えば日本人女子選手として史上初の4大大会タイトルを獲得し、シングルスでは日本人女子初のグランドスラムベスト4に進出を果たした沢松和子は自宅にコートのあるテニスの名門一家ですし、松岡修造は言わずと知れた東宝の社長と元宝塚のスターの次男坊です。昭和史に詳しい人なら阪急東宝グループ創始者小林一三の曽孫だと言った方が分かり易いでしょう。そのくらいの名門です。最近は競技環境もずっと良くなりましたが、それでも毎週どこかのコートを押さえ、一流のコーチをつけて練習させるとなると、半端な出費ではすみません。

 

 問題は金だけではありません。毎回の送り迎え、遠征の手配、親戚や近所への心遣い――。より良い環境をと考えれば子どもを都会に出さなければならない場合もあり、ときには一家丸々引っ越してしまうこともあります。保護者が職を変えなければならない場合さえあるのです。長野のオリンピックの勇、清水宏保の母親は土方までして息子を支えました。

 才能のある子どもをもった親にはそれなりの試練があるのです。

 

 しかもたいていの選手は文武両道というわけにはいかず、勉強なんてほとんどやっていませんから、進路や就職はスポーツ推薦、あるいはそれに準じた行うしかありません。途中で道を降りると、その子は何にも持たずに社会に出ることになります。

 そんな恐ろしいことをわが子にさせられるのか――。

 したがって始めたことは何が何でも追求し続けなければならないのです。

 

 それが現在の宮川紗江選手の保護者の立場であり、5年前に豊川工業高校で署名運動を行い、渡辺監督の学外指導に子どもを参加させ、さらに東京への転校さえ厭わなかった陸上部員の保護者の立場なのです。

 

 そう考えると、「親も毅然として体罰を許さない姿勢を示すべきだ」といった原則論のいかに空しいかは、自然に分かってこようというものです。

 

                          (この稿、続く)