カイト・カフェ

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「エレホン(Erehwon)」~反ユートピア社会の話①

 16世紀初頭、トーマス・モアは架空の国の物語「ユートピア」を書きます。「ユートピア」とはギリシャ語の「ユー=No」と「トピア=where」を合わせた造語で、「理想郷」とも訳されています。

 それとは逆の暗い未来を描いた小説は「反ユートピアディストピア)小説」と呼ばれ、H・G・ウェルズの「タイム・マシン」をはじめ、「華氏451°」「時計じかけのオレンジ」などの秀作があります。映画でも特に好まれるテーマで、「ソレント・グリーン」「デス・レース2000」「ブレード・ランナー」「アイランド」、そして「マトリックス」や「バイオ・ハザード」も同じです。しかし反ユートピア小説の嚆矢といえば、やはりオーウェルの「1984年」ということになります。

 オーウェル「1984年」】

「1984年」は結核療養中のオーウェルが1948年に書きはじめ、翌年出版した小説です。発売直後から大変評判となった作品ですが題名の「1984年」が近づくとさらに大ブームとなり、私もその年に読みました。

 これは情報を完全に管理された全体主義社会で、その裏側を暴こうとした主人公が結局体制に飲み込まれていく物語です。そこでは「ビッグ・ブラザー」と呼ばれる指導者への絶対的忠誠が要求され、常に無謬性が語られています。

 当時はソ連や東ヨーロッパの社会主義国を念頭に読まれることが多かったのですが、今だったらさしずめ北朝鮮、そしてもっと上手なやり方でアメリカやイギリスも入ってくるかもしれません。もちろんオバマやキャメロンが絶対的忠誠を要求するわけはありませんが、情報処理と情報操作によって私たちを操作する時代が近いかもしれないのです。
 先週、アメリカ政府が市民の通話記録やメールなど大量のデータを収集・監視していることが明らかになってからその感がさらに深まりました。

【超監視社会の片りん】

 予兆はあったのです。
 4月半ばに起こった「ボストンマラソン爆発事件」で、容疑者兄弟がとんでもない速さで特定されました。これは事件現場各所にあった監視カメラの映像をコンピュータの画像認識プログラムが自動的に解析し、現場に近づき、爆発直後に逃げる兄弟を拾い上げたからだといわれています。何千人という観衆の中から不審な人物を紡ぎだすわけですから、人間の力では何日もかかる仕事です。それをコンピュータはあっという間にやってしまいます。

 この方法はすでに民間でも活用されていて、スーパーマーケットの店内のレイアウトなどに生かされています。店内の監視カメラで移動する客の動きを認識し、その動線からもっとも理想的な商品配置を探ろうというのです。これは楽そうに見えてなかなか大変な作業です。混雑する店内のAというカメラから抜けた個人を、Bのカメラの中に的確につなげるわけですから容易な仕事ではありません。

 そのやり方が街中のカメラと連動させると、特定の人物の行動は完全に捕捉されてしまいます。そしてそうした情報の累積は、その人の行動パターンを教えることになります。さらにその人の買い物や嗜好が情報として盗まれ始めると、個人は誰かに丸ごと捕捉されることになってしまいます。 

(この稿、続く)