カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「K君のこと」~初めて出会ったアスペルガー症候群の子

「わがままで身勝手、プライドは高いのに何もしない」

 15年ほど前、初めてアスペルガー症候群の子どもについての説明を受けたとき、担当のカウンセラーが言った言葉です。今でこそさまざまなタイプのお子さんのいることが分かってきていますが、当時の典型例がそれでした。そしてその説明にぴったりの子がK君でした。

 とにかく気に入ったこと以外は何もしない。音楽の時間の歌は全部クチパク。楽器演奏は大太鼓一発のみ。習字は書かない、絵も描かない。水彩画などは学級展示に間に合わないのでレイアウトを鉛筆で描いてあげ、「この辺に髪の毛を描いてここから鼻」といったふうに教えてあげるのですが、フンといったような偉そうな顔で天井を仰いでいるだけ。私が諦めて他の子を見ていると世話焼きな子がやってきて髪と鼻をかいてあげる。しばらくすると別の子が辛抱強く指導したあげくまた筆を加える、そんなことを繰り返しているうちに本人は一筆も描かないのに作品ができあがりそれが廊下に飾られる。

 係活動・班活動・委員会も清掃も、気に入らないものは一切しないのに、好きなことには異常に熱心で、ひところ源氏物語に凝って「帚木(ははきぎ)」がどうのこうの「末摘花はブッサイクでかなわねぇなあ」とか言っていたかと思うと、次はモーツァルトに狂って交響曲○番がどうたらこうたら言うので周囲とまったく話がかみ合わない。曲がりなりにも話を合わせられるのは担任の私くらいで、だから友だちもいない。友だちがいなければクラスの片隅で静かにしていればいいのに、偉そうに大声で人を批評する。

 算数の問題ができずに黒板で苦労している友だちがいると「そんなの分からなんのかよぉ、バッカじゃねぇ」とか言うので、「それならK君」と指名すると「ウ〜ン」と言って額を机に押し当てて頭を抱え始める。
 実際に「ウ〜ン」と口に出して言うのです。

 実際にやって見せるといえば頭にきたとき悔しいとき、片足に体重をかけてもう一方の足で地面をドンドンと叩く、いわゆる「地団駄を踏む」という行為が、実際に行動として存在することを教えてくれたのもK君でした(本当に「イッ、ヒッ、ヒッ、ヒ」と笑う人間がいると教えてくれたのは、その前の勤務校の校長先生でした)。

 授業中、平気で臭いオナラをする。教室中が大騒ぎになって苦しんでいるのを見て「ヘッヘッヘッ」と一人で喜んでいる。人の嫌がることはむしろ好んでする。そのくせ仕返しされると「イジメだ」と天下を取ったように訴える。

 しかしK君が本当に度し難いと思ったのは、モーツァルトの次に選らんだグリーンベレー(米陸軍特殊部隊)への取り組みです。どこでどう探してきたのか緑色のベレー帽を被って登下校するようになったのはいいのですが、運動はまるでダメ。そのできなさが半端ではない。

 例えばサッカーで、横からボールを流してもらいそれを走っていって蹴るという練習ができない。私のような年寄りが目測を誤り、思ったより足が遅くてボールに追いつかないというのは分かるが、K君の場合はボールを追い越してしまう、彼の走ったうしろをボールが流れていく。本人にとっては悲劇なのに、周りにとっては喜劇としか思えない光景が繰り返される。

 最終的にK君は跳び箱が跳べずにグリーンベレーを諦めます。跳び越せないのではなく、ジャンプする位置が分からないので踏み板の遥か手前で跳んでみたり、跳び箱に直接ぶつかったりといったことが何度も繰り返されたからです。

 この子を教育相談にかけて初めて「アスペルガー症候群」という言葉を知りました。もう卒業させる直前になってのことです。

 この子が今、どんな生活を送っているかと考えると、暗澹たる気持ちにさせられます。そのころの私に、今の半分でもいいから必要な知識や経験があれば、ずいぶんと違った指導ができたはずだからです。