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「教師の人生設計」~人生に大雑把な見通しをつけておく

 今から思うと若いころはけっこう自己本位で、将来のこととか親のことなどまったく考えずに突っ走ってきた感があります。もっとも普通はそうなのであって、若いうちから将来を見越して着々と手を打つような人生は何か胡散臭い気がしないでもありません。しかし私のような歳になるとけっこう困ることも多いので、一応お知らせしておいた方がいいかと思って題を決めました。さて、

「人生の出納表」というのを見たことがあります。平均的な日本人の収入の様子を表したものです。それによると月収だけでは支出を賄いきれず、ボーナスを食い潰して日々を送るという時期は人生の中で2回しかありません。それは就職して最初の数年と子が大学に進学して家を離れる時期です。

「就職して最初の数年」は基本的に皆同じなのですが、「子が大学に進学して家を離れる時期」は人によって違います。それがけっこう重いのです。

 例えば25歳で結婚して26歳と30歳で子どもをもうけた人はその一番金のかかる時期を44歳〜52歳に設定できます。ところが10年遅れて36歳と40歳で子をもつとそれが54歳〜62歳となり、定年退職から足が出てしまいます。子が大学院に行きたいなどと言い出すとさらに厄介です。

 しかし22歳で大学を出て教員になり、そのわずか3年後に結婚するのは容易ではありません。それに何でも早ければ言いというものではなく、例えば子の思春期をどこで迎えるかといったテーマになると、むしろ遅いほうが有利かもしれません。

 また(これも人によってずいぶん違いますが)40代から50代になると介護の問題もかぶさってきます。夫婦共稼ぎだとそうとうに厄介な問題です。むしろ定年退職後に老老介護みたいに面倒を見るほうが楽なのですが、こればかりは自分が生まれたときに親が何歳だったかとか健康な老人かどうかといった、自分の力ではどうしようもない要因に左右されますから計算のしようがないといった面もあります。

 教員という仕事の良さのひとつは、生徒は毎年更新しますし数年の一度の転勤によってたびたび気分を変えることができるというところにあります。しかしそれでも飽きたり行き詰ったりする場合があります。そんなときは大学院へ行って勉強してみたいとか総合教育研究所に入りたいといった話になりますが、そうした研修の適正な年齢は大体30代後半といったところです。希望が多いので運が左右します。もちろん自費で行くとなると話は別です。

 特別支援学校はこのところ非常に人気がありますので入りにくいところだと考えて間違いありません。免許がないとなかなか難しいでしょう。年齢制限はありませんが50代で初めての支援学校という道はないと言われています。また定年を特別支援学校でという道も、特別支援畑だけを歩いてきた人でないとなかなか考えられないようです。

 学校の規模にもよりますが30代後半から40代は学年主任やら教務主任やらで自分のクラスや教科だけにかまけているわけには行きません。またその時期に「我が家のバカ息子」が非行に走ったりすると公私共にアウトといった状況にもなりかねません。注意したいところです。

 以上を参考に、特にこれから結婚される先生方、教師としての人生設計、一度は概観してみるとよいでしょう。

 最後に、
 教員というのは子どもが好きだったり、教科が好きだったり、教育が好きだったりするので教職についた人たちです。金やステータスのために教師になったわけでもありませんし、出世など眼中にない人ばかりです。
 それでもなお、私は若い先生たちに言っておきたいと思います。

 副校長・校長といった道を目指す必要はありません。しかし進んで管理職への道を閉ざすこともありません。
 今は子どもがかわいくてしかたがなかったり、教育が楽しくてしかたがなかったりするのかもしれません。しかし40代後半からあなたの同期や後輩の教員たちが次々と管理職に登用されて行きます。もちろんその人たちが優秀で感心できるような人ばかりなら良いのですが、必ずしもそうではありません。
 何といっても管理職になれるかなれないかの一番の要因は“運”だからです。
 自分より劣っている者、感心しない人が副校長や校長になって行くことも少なくありません。

 管理職になどならず、生涯一教師として子どもと共にあるという決心は偉大なものですし、そうした決心を実践して見せた偉大な教師も私はたくさん知っています。しかし誰もがそうなれるわけではありません。

 決して管理職にならないと決心することは、“あのバカのもとで働くことになるかもしれない”という危険を甘受することと同じです。

 人間はけっこう弱いものです。
 自分はそんな危険も引き受ける覚悟があるという人はいいでしょう。しかしそうでない人は、自ら管理職への道を閉ざしてはいけないと思うのです。