二の矢、三の矢

 前任校はそこそこ大きな学校でしたので音楽会もずいぶん派手で、先生たちの気合いも並大抵のものではありません。すばらしい演奏がたくさんあったのですが、私が特に記憶しているのは一昨年の1年生の演奏です。  とても落ち着きに欠ける学年で、入学式の記念写真もあっちが止まればこっちが動き出す、なぜか知らないが大声で泣き出す、やたら踊り出すといった具合で、3クラスの撮影を終えるのに45分もかかったという記録を持つ学年です。その1年生がわずか3ヶ月で見事な演奏を成功させたのです。特に、飛びぬけて集中力も落ち着きなくすぐにうろうろと立ち歩いてしまうA君が、最後までがんばった姿には驚かされました。 「A君もそれなりに成長したね」というのが多くの保護者や先生たちの感想ですが、その陰にたくさんの仕掛けがあったのを私は知っていますのでここに紹介します。  まず、新しい曲をやっても集中して練習することなどできそうにないので、5月末までに授業で習った五つの曲を構成し、それで音楽会の発表曲としました(�@これまでの力でできることをする)。  単に並べるだけではつまらないので、「1年探検隊の冒険」というストーリーでつなげました。その上でA君を探検隊の隊長に任命しておきます(�A責任を与える)。隊長ですから簡単に気を抜くことはできません。  発表はA君の「さあ行くぞ!みんな!」から始まるので、とりあえずステージに上り曲が始まるところまでは緊張感が保てます(�Bスタートをきちんとさせる)。  隊長の仕事はそれだけではありません。曲が変わるごとの曲名を書いたノボリを振り回す仕事があります(隊長ですから)。したがって曲の変わり目に注意していなければ仕事になりません。それで緊張感を保ちます(�C集中力を持続させる、気分を変える)。  歌うことは強制されていません。きちんと最後まで歌うことは困難なお子さんです。しかし最後までノボリを振り回すのはさほど難しい仕事ではないので、がんばるように言われています(何しろ隊長ですから)。 A君の立つ場所はステージの袖です。そこに垂れ下がっている緞帳の裏には、ピンで留めた演奏順の紙があります。A君が間違えて途中で嫌にならないように用意したものです(�D本人の不注意をブロックする)。  ここまでやれば、九分九厘できそうですが、優秀な教員というのはここで満足したりしません。それにA君は一筋縄ではいかない子です。  ステージの床を見ると、A君の立ち位置には白いビニールテープで四角囲いがしてあります。ここがいかにもプロらしいのですが、発達障害のお子さんの一部は、フラフラと移動したあとで戻る場所が分からない場合があるらしいのです。その気はあっても戻る場所が分からないのでフラフラし続ける、そういうお子さんは戻るべき場所が明示されているだけでずいぶんと助かるのです(�E立ち位置をマーキング)。  さらに、ここまでやっても無理な場合もあります。音楽会のステージという担任が手出しできない場所では、何が起こるか分かりません。そこでステージ袖の観客席から見えないところに、画用紙とクレヨンを用意します。本人には「どうしても我慢できなかったら、ここで絵を描いていてもいいよ」と言い含めておきます。絵を描くことが好きな子なのです(�F最悪の場合の備えもしておく)。  結局�Fと�Eは使われませんでしたし�Dの演奏順の紙も見なかったのかもしれません。しかしそこまで準備して初めて�@〜�Cが生きてくるのです。  A君はしばらくどこに行っても誉められます。多くの保護者が「A君がんばったね」と声をかけてくれます。それが次の活動のモチベーションになります。ここが大事です。A君のお母さんもすっかり安心して、学校に信頼を寄せます。それも大事なことです。  すべて1年生担任と特別支援コーディネーターがやった仕事です。  私もこういったプロらしい、プロにしかできない仕事ができるようになりたい思いました。