「ユア・ロープ」

 「君の名は。」という題名のアニメ映画が流行っているみたいで公開わずか8日間で観客動員数212万7800人、興行収入27億1200万円を記録したといいます。子どもが小さかったころは別として、基本的にアニメ映画は観に行きませんから今回もこのままやり過ごしてしまうと思いますが、少し気にならないではありません。というのは「君の名は」と聞いて菊田和夫原作のラジオドラマを思い出すのは、私たちが最後の世代なのかもしれないからです。

 昭和27年の放送ですからもちろんリアルタイムで聞いていたわけではいません。しかし放送時間になると銭湯が空になったとか、主人公が「真知子巻き」と呼ばれる独特なストールの巻き方をしていたとか、主人公が後宮春樹と氏家真知子という名前だったとか、番組の冒頭が「忘却とは忘れ去ることなり。忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ」だったとか――おそらくこれらすべては5歳になるまでに母親から教えられたことでよく覚えていますから、それだけでもブームの凄まじさは想像できます。

 さらに、私はこのドラマの題名を「君の縄」と誤解していた記憶が頭の隅にあり、一方で主題歌の「君の名はと、訊ねし人あり」という一節にも記憶がありますから、「縄」と「名は」の矛盾をどう自分の中に取り込んでいたのか、今となってはとても不思議です。

 不思議といえば当時流行していた「歌謡曲」でひとくくりにされる音楽はなぜか不倫めいた曲ばかりで、「忍ぶ恋」だの「許されぬ愛」だの――私も、分からないなりに、他に歌う曲もないのでいい気になって歌っていたものです、小学生の分際で。――ただしそれもしばしば間違っていました。

 あなたを待てば 雨が降る

 濡れて来ぬかと 気にかかる

 (「有楽町で逢いましょう」)

の「気にかかる」を「木に(寄り)かかる」と思い込んでいたのです。

 雨の有楽町で帽子を目深にかぶったトレンチコートの男が、たばこをふかしながら木に寄りかかっていると、そんな感じです。

 当時、普通の家にレコードプレーヤーはなく、あってもレコード自体が相当に高価でしたからおいそれと買えず、歌詞カードなどといったものもめったお目にかかりませんでしたから、歌はラジオで聞いて耳から覚えるものでした。一発で覚えないと次はいつ聞けるかわかりませんから神経質な勝負です(もっともそういう時代ですから音楽の方もかなり単純にできていて、覚えるのもそう難しいことではなかったのです。ビートルズですら初期の曲はとても簡単です)。

「君の縄」も「木にかかる」も結局私に何ももたらしませんでした。けれど同じ歌詞の覚え間違いでも一流の作家の手にかかると珠玉のエッセイにつながったりします。

 向田邦子さんは滝廉太郎の「荒城の月」の「めぐる杯」の部分を「眠る杯」と勘違いしていたそうで、そのことで一本エッセイを書いておられます。さらにその時期のものをひとまとめにしたエッセイ集の題名も「眠る杯」です。

 私がエッセイ集「君の縄」を出しても、何やらいかがわしい本と誤解されそうですのでやめておくことにします。