小野先生が、美術室前の掲示板に4枚の絵を飾ってくださったので、子供たちに注目させてください。「絵が飾ってあるから、見てごらん」程度でけっこうです。いずれも分かりにくい絵ですが(分かりやすい絵というものがあるかどうかも疑問ですが)、こんな画家のこんな絵があるということを知っておいて損はないでしょう。
この学校の気に入っていることのひとつは、そんなふうに学校のあちこちに(いわゆる)名画やこの地域のすばらしい絵が数多く飾ってあることです。多くは学校教材の安っぽい複製ですが、あるとないとでは大違いでしょう。昔の学校にはいくらでもあったのに、最近は複製画そのもののない学校が多くなりました。
さて、私がこの学校に初めて来た日に真っ先に飛びついたのは、職員室前に飾ってあるボティチェリの「春」です。これはたくさんの暗喩に満ちていて、いったん勉強しないと分からない仕組みになっているのでけっこう気になっていた絵なのです。
たとえば、右の方で青い顔をした悪魔みたいな男が一人の女性を捕まえようとしていますが、これは春を呼ぶ西風の神が、花の神フローラを呼び覚まそうとしているところです。目覚めたフローラは口から花を吹き出しつつあります。
フローラとその隣にいる女神は実は同じで、花を噴き出したあと、春の女神プリマヴェーラへと変身した様子を表しています(ですから全身を花に包まれています)。
中央に美の女神ビーナスが現れます。その左でもつれ合っている3人は三美神で、左の愛欲の女神と中央の貞淑の女神はにらみ合い、ひじで牽制しあっています。それを右の美の女神が纏め上げようとしているのです。愛欲と貞淑の葛藤というのは永遠のテーマです
空中のキューピットは目隠しをしたまま弓に矢をつがえていますが、矢先は明らかに貞淑の女神に向かっています。貞淑の女神はこのあと、左にいる旅人の守護神メルクリウスに恋をすることになります。
そうとも知らず、メルクリウスは冬の再来を防ぐために、魔法の杖で天空の雲を振り払っているのです。
絵の中には、「春」のように意味を知らないと分からないものがあります。しかしその一方で、「晩鐘」のように、「一日の労働の終わりに、アンジェラスの鐘の音に合わせて神に感謝の祈りを捧げる農夫」というだけですむ絵もありますし、まったく説明の必要のない(説明できない)絵もたくさんあります。
本当はこんなことも、早くから勉強しておけばもっと豊かな人生が送れたものを、と後悔することしばしばです。