文科省はすでに平成31年、
「公立学校における働き方改革の推進」を出して方針を示したが、
下手をすると、実施されて今よりも大変になるかもしれない。
という話。
(写真:フォトAC)
【勤務時間の制限が教師を苦しめる】
教員の苛酷な勤務状況に対して文科省は何もして来なかったわけではありません。
平成31(2019)年1月25日の「学校の働き方改革」に関する中央教育審議会答申を受けて始められた改革は、「公立学校における働き方改革の推進(全体イメージ)」にうまくまとめられています。しかしざっと眺めただけでも限界は自ずと見えてきますし、扱いをあやまるとかえって労働強化につながりかねない部分さえあります。
例えば「外形的に把握することのできる時間を『在校等時間』」と定義し、
① 1か月の時間外在校等時間ついて、45時間以内
② 1年間の時間外在校等時間について、360時間以内
を上限とするという指針、現実性という点ではとても首を傾げるものです。
30年近く以前のことですが、私が中学校の部活持ち学級担任であった時期は、同時に子育ての真っ最中でした。夫婦で教員でしたから家事分担は厳密で、夜7時には自宅に戻り、夕食を取った後は子どもを風呂に入れ、着替えと歯磨きを済ませると本を読んで一緒に寝付くのが日課でした。朝は3時に起きて6時までが持ち帰り仕事の時間です。独身の先生たちは9時・10時と学校で仕事をしているわけですから、同じように働くとなると家で3時間の仕事をしなくてはなりません。
朝は7時に出勤しました。朝部活がありましたし、印刷など家でできない仕事はこの時間にやるほかありません。
確認しますが、午後6時半まで部活をして7時までに帰宅するのは、教員としては例外的に早い退勤に当たります。その「最も勤務時間の短い私」の時間外在校等時間は1日3時間、1か月20日の勤務で60時間にもなってしまいます。それをどうやって45時間以内にしようというのでしょう。
これはもう部活をやらないことを前提とし、教材研究など家に持ち帰ることのできるものは持ち帰り、成績処理等個人情報に関する業務のみを学校で行え、と言っているのと同じです。
しかしそんなことは不可能ですから、日曜日などに隠れて出勤して行うしかありません。
また「休日まとめ取り」の変形労働時間制は、東京都などで月一回以上行われている土曜授業の常態化に寄与することになるかもしれません。
現在、年間の授業日数は200日ほど。これは40週間にあたりますから土曜授業が常態化すれば授業日は40日ほど増えます。3時間授業ですから実質的には20日分にしかなりませんが、20日といえば1か月分の授業と同じです。
半日とは言え土曜日に家に子どもがいないとなれば半分程度の保護者は大喜び、学力が向上するかもしれないということで議員や地域の人々からも好評を博すでしょう。しかしそれが「教員の働き方改革」だと言われると、何かピンときません。
さらに議会や教委からは「長期休業にたっぷり休めるのだからいいだろう」と極めつけられ、世間からは「先生たち、夏にはたっぷり休めてお気楽ね」などと蔑まされる――。学校完全5日制になる直前がそうでした(*)から間違いありません。
*公務員全体が完全週休二日制になる中で、学校だけは月1回の土曜休、月2回の土曜休と順次増やしていったため、その分を夏休みにまとめ取りした時期があった。
【教員の負担を減らすために必要な労働コストの話】
- 教員定数の改善(小学校の学級編成の標準を40人から35人へ)
- 教科担任制の推進
- 外部人材の配置支援
- 部活動の見直し
- 教員免許更新制の検証
- ICT環境整備の支援
- 学校向け調査の削減
- 全国学力学習状況調査のCBT化
ひとりが5・6年の算数を見る代わりに、もうひとりがそれほど得意でもない国語を教えるといったふうにやるのです。もちろん5年と6年では指導内容が異なりますから、教材研究が半分になるわけではありません。
また、5年・6年の算数と国語は指導時数が同じですから交換しやすいのですが、理科と社会科は時数が異なるので他の教科とセットにした複雑な交換にならざるを得ません。そのやりくりだけでも大変で、果たして教員が楽になるかどうかは不明です。
6番と8番についてもコンピュータを整備すれば仕事が楽になるというのは思い込みです。ICTが進めば教師は専用のコンテンツを作成しなくてはなりませんし、スキルも高めなくてはなりません。研修も増えます。
また、全国学力学習状況調査の大変さは当日の事務処理の問題ではありません。都道府県ごと、市町村ごと、学校ごとに比較され指導されるため、成績を上げるよう準備しなくてはならない、そこが大変なのです。試験対策をしてはいけないと言われても、あれほど試験対策の馴染むテストで、対策を怠ったばかりに議会や教委に叱られるのは割に合いません。文科省はきれいごとを言っていますが、最初から競わせ成績を上げるのが目的でした。
7番目の「学校向け調査の削減」はさらに眉唾です。同じ「公立学校における働き方改革の推進(全体イメージ)」の中にこんな文章があるからです。
「教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」を実施し
好事例の全国展開((中略)、事例集作成(R2.3、R3.3展開予定)等)
学校における働き方改革の中教審答申を受けて、令和4年を目途に勤務実態調査を実施
――国会や都道府県会で議員たちが教育に関する質問をやめない限り(もちろんやめてもらっては困るのですが)、学校向け調査が削減されるなんていうことはないのです。
さらに「外部人材の配置支援」と「部活動の見直し」は、教員をいっそう窮地に立たせることになりかねない危険な項目です。
部活動の削減ないし廃止・外部委託は先生たちからの要望が最も多い項目ですが、もう10年以上前からあれこれ試されてきたことです。10年かかってもできないことは、よほど特殊な状況変化のない限り、できることではありません。
(この稿、続く)