「読み違い・勘違い・定番小話の話」~何とか気分を変えて

 昨日はとっても暗かったので、今日は楽しいことを考えよう。
 ――というか、私の中で何かが切れてしまったのかもしれない。
 もうヤケクソだ!(Burning UNKO !)


というお話。f:id:kite-cafe:20200410070249j:plain(アキュラ、甥のハーヴを抱き上げて阿蘇の風景を見せる)

 

【ありえないことがある、場合が“ある”】

 2日~3日前のことですが、ある情報番組で新潟県の感染状況についてパネルを使って説明していた女性アナウンサーが、

「新潟コロナは――」
とか言い出して慌てた別の出演者から止められていました。
「新型コロナ、新型コロナ・・・」


 私はてっきり「新潟県のコロナ感染は~」とかしゃべっているうちに混乱して「新潟コロナ」と言ってしまったと思っていたのですが、どうやらそうではなく、「新型」を「にいがた」と読み違えたらしいのです(ありえるか?)。

 私がものを考えるときの鉄則のひとつは、
「ありえないことは、普通は、“ない”」
です。

 ありえないようなことが起こったらとりあえず立ち止まる、そして“ありえない”と考える自分の思考回路をいったん閉じて、全く異なる立場・視点・考え方から見直してみる、するとそれまで考えてみもしなかった別の合理性が浮かんでくる、そういう場合があるのです。

 長く子どもと接していると、“突拍子もないことにもワケがある”ことに慣れてきます。子どもには子どもの、特殊な論理があったりするのです。
 しかしそれはあくまでも考え方の問題であって、もちろん「ありえないことが、“ある”」場合もあります。
 例えば、「にいがたコロナ」

 

【「大造じいさんは・・・」】

 小学校の国語の教科書では圧倒的な占有率を誇る光村図書、その5年生の領域に椋鳩十の「大造じいさんとガン」があります。長く置かれているものなので覚えておられる方も少なくないと思います。
 その「大造じいさんガン」を「大造じいさんガン」と読み替えるのは、大人の世界ではすでに古典です。しかしそれを大真面目で読み違えた子がいたのには驚きました。
 かれこれ20年近くも前のことですが、私が担任した学級の女子児童が、朗読の時間に大声で、
「大造じいさんガン!」
とやらかしたのです。
 あまりにも堂々とやったので他の子どもたちも一瞬何が起こったのかわからず、私もびっくりして訂正し損ねている間に朗読はどんどん先に進んでしまいます。

 一部の子たちはひそひそ声で、
「いま、『大造じいさんガン』って言わなかった?」
「言ったよね?」
とか声をかけあっているのですが、本人はそのざわめきにも気づかず、そのまま予め指示したところまで一気に読み上げました。
 仕方がないので私も、
「ハイ、次の人」
とか言ってその場をやり過ごしました。

 

阿蘇で遊んだ時のこと・・・】

 「大造じいさんはガン」と同じようなことで、もうひとつ何かあったはずだ、とずっと悩み続けたのは2カ月前、九州へ行った時のことです。

 阿蘇の大草原を目の当たりにして、
① それは国語の教科書に載っていた何かの題名だった。
② それは阿蘇に関係があった。
③ おそらく馬がかかわっていた。
④ 「ここで、はきものを脱いでください」を「ここでは着物を脱いでください」と読み間違える、いわゆる『なぎなた読み』にかかわるものだった。

と、そこまでは思い出したのですが、その先は一切出てこない。何としても出てこない、もう少しで出そうなのに出てこない、出て来なくて苦しい・・・。

 言ってみれば知識の便秘です。
 それが昨日になって、スコンと出てきたのです。
(ああ、気持ちいい!)

「馬でかければー阿蘇草千里―」
 みずかみ かずよさんの詩で、「大造じいさん~」と同じ5年生の教科書にあったものです。

 ひろびろとうねる
 草原の海
 風がはしる
 波をけって
 馬がとぶ
 群れながらとぶ
 白いたてがみがながれ
 はっし はっし

(以下、略)

 これも聞けば何となく思い出す人もいるでしょう。

 『なぎなた読み』はもちろん「馬、出かければ」ですが、私自身は、これを読み違えた子に会ったことはありません。
 もっとも今回ネットで調べなおしたら「阿蘇草千里」を「あそくさ せんり」という作者の名前だと思っていたという人がいて、やはり世界は広いものだと感心したりしました。

 私はその部分を「アホくさ千里」だとか「ウソくさ千里」だとか言って遊んでいました。

 

【ああ、それにしても・・・】

 他にも、
「サイン・コサイン・マゴサイン」
とか、
桜田門外の変井伊直弼(いい・なおすけ)を殺したのは誰?」――「悪い直弼」
だとか、
「シーザーは部下の飲むコーヒーまで決めてしまう暴君だった」――「ブルータス! お前、モカ!」
とか、教師はいわゆる定番みたいな読み違え・勘違い小話をいくつも持っています。

 そう言えば私自身が高校生だったとき、化学の時間に担任の先生が、水道の蛇口を一瞬だけひねって水を流して、
「さあ、今、水素イオンが流れていくのが、見えたかな~~あ」
とやったとき、
「この人、毎年これをやっているんだろうな」
と内心バカにしたものですが、いま思えばそんな馬鹿にされても仕方のないことを、私も30年間も続けてきたわけです。

 ああ、それにしても――、
 やはり気が晴れないなあ、 東京都181人、全国576人・・・。