キャッシュレスに無縁かと思っていた私が
10万円の現金を使うのに数カ月かかってしまった
キャッシュレス社会は必然だ
しかしキャッシュレス先進国の中国では恐ろしいことが始まっている
というお話。
【暗唱番号が思い出せない】
先日、銀行ATMの前に立って暗唱番号が思い出せず難渋しました。ほどなく記憶を手繰り寄せることに成功して大きな問題にはならなかったのですが、少しびっくりしました。
なぜ思い出せなかったのか――。
理由は三つあります。
ひとつはもちろん老化。ただし本格的に心配する段階ではないと思います。
第二に、使っている暗証番号が(能力に対して)多すぎること。どの番号がどこのものか、対応が分からなくなってしまったのです。
そして第三に――今回はおそらくこれが主因なのですが、ATMで現金を下ろしたのが数カ月ぶりだったことです。間違えて下ろしてしまった10万円が、実に数カ月も使い切れず残っていたのです。
これには我が家の特殊事情もあります。夫婦で教員だったので忙しく、財布の割り振りがとても大雑把なのです。
食費・日用品費と被服費が妻、残りは全部私。その「全部私」というのは光熱水や通信費・教育費などで、具体的には上下水道・電気代、新聞・雑誌・インターネット回線、妻や子どもの分も含むスマホ通信費、子どもの学費と仕送りなどです。
妻の分は節約し易い項目で、私の分は自分一人の努力では減らすことができない内容、という問題は今は言わないことにしましょう。ここで明らかにしておきたいことは私の支払っているものはもともと銀行引き落としか電子決済が主流だということです。
もちろんそれ以外の支出、本が欲しいとか新しいハードディスクが欲しいとか、あるいはペットのエサが必要だとかいったことはありますが、そのほとんどはネット通販で済ませていますから現金は扱いません。
旅行・パチンコなどの娯楽・遊興費はもともとゼロ(遊ばないから)。外食も基本的にしませんのでゼロ。交通費の大半はガソリン代ですがこれはガソリンカード。
ここ数カ月で現金を使ったのは3カ月に1度の散髪。仲間との忘年会や教え子の同窓会に招かれた際の交際費、そして立て続けに3回もあった葬儀の香典くらいなものです(さすがに香典のプリペイドなんて嫌ですよね)。
私は自分自身を頑固な現金主義者、年寄らしい「分からないから反キャッシュレス」だと思っていましたから、意外に現金を使わないことに気づいてその意味でもびっくりしたのです。
今年はキャッシュレス元年、消費税引き上げとともにポイント還元が始まれば私とて電子決済に頼らざるを得ないでしょう。しかしそのハードルは案外低いかもしれません。
【AIを制する者は世界を制する】
おりしも今月号の「文芸春秋」では最先端を行く中国のキャッシュレス事情が語られています(「AI大国中国 驚愕の最新事情」)。そこではこんなふうに描かれているのです。
上海市の生鮮スーパー「盒全鮮生」では、先駆的な買い物体験を提供している。セルフレジ方式で、客は自分で商品をバーコードリーダーに通していく。支払いはレジについているカメラに自分の顔を映して認証するだけ。それだけで代金は事前に登録しておいた電子口座から引き落とされる。もはやスマートフォンすら要らない、手ぶらで買い物ができるというわけだ。
驚きを通り越して慄然とさえします。
遠くで誰かが私の顔を見て、私と判断しているのです。しかもそれが電子口座とつながっている――。
この顔認証というのがとんでもなく優れていて、誰かの写真をかざしてごまかそうにも一瞬にして写真と判別される、激しく動いていても分かる。最近のニュースでは人気歌手のコンサートの数万人の観客から、指名手配犯を的確に拾い出してしまったといいますから大変な優れ者です。その数、一年間で80人以上とか。
もっとも指名手配は国家が権力行使として行うことですからむしろ問題は少ないと言えます。上海のスーパーの場合は利用者本人が進んで自分の個人情報を差し出してしまいますから厄介です。しかも顔や口座情報とともに、時には「十分な資産があるかどうか」「返済は順調か」といった信用評価も一緒に渡してしまいますから、社会的人間としては丸裸同然です。
もちろん中国にも個人情報を守る法律はありますが、アメリカが真剣に怒るほどハッキング能力の高い政府ですから民間企業のもつ情報の抜き取りなど、いとも簡単にやってしまうでしょう。その情報を元にスマホやPCの中身まで分析すれば、反政府運動や犯罪計画、あるいはゲスな趣味まですべて見通されてしまいます。
顔認証や画像解析・ビッグデータはウイグル自治区をはじめとする少数民族の弾圧にも利用されています。ネット監視も、一時は30万人もの監視・削除人がいると言われましたが、AIのお陰で間もなく数人で済むようになるでしょう。
AIは全体主義ととても相性がいいのです。
「AIを制する者は世界を制する」
それは安倍総理やトランプ大統領が言えば「経済的主導権を握れる」くらいの意味でしょうが、ウラジーミル・プーチンが言ったとすれば別の意味合いを持ちます。習近平や金正恩が言ったと考えるとどんな印象でしょう。
実際に語ったのは最近のプーチン大統領ですが、そう思ってもう一度口で唱えれてみると、格別な恐ろしさが伝わってきます。
(この稿、続く)