「初心者であるためにも強さが必要」~私のキャッシュレス元年①

 キャッシュレス文化は、私のような現金主義者のもとにも訪れる。
 いよいよ膝を屈するときが来たのかもしれない。
 しかしそれにしても、便利を手に入れるための不便が耐えられない。
 素直に聞けばいいのに、私は何をやっているのだろう?

という話。

(写真:フォトAC)

【ついに膝を折る】 

 コロナ禍になって以来、東京の娘や息子のところに行くことが極端に少なくなりました。それは普通のことです。
 それにも関わらず行かねばならないときは、感染を怖れて基本的には自家用車、車内に空席が四つもあるのはもったいないので、たいていは妻と一緒ということになります。ところが今回は週日の東京行。勤めのある妻を休ませるほどのこともないので、ほぼ2年ぶりの列車の旅ということになりました。

 私の家は地方の中核都市からローカル私鉄で10駅ほどの場所にあり、JR線を利用するときはまず私鉄に乗り、JR駅で切符を買い求めて特急に乗り、さらにその先で乗り換えるという手順になります。
 厄介なのは私鉄からJRへの乗り換えで、日中の私鉄は1時間に1本、JR特急も1時間に1本、その上で非常に乗り継ぎがいいのです。10分も待てばJRが出発します。
 乗り継ぎの良いことの何が問題なのかというと、その10分間にモタモタしていて乗り遅れると、次は1時間も待たなくてはならないということです。そして私は2年のブランクの間に、乗り換えスキルをすっかり失ってしまい、モタモタせずに済む自信がまったくなくなってしまったのです。

 私鉄の改札からJRへ向かい、券売機の前に立って、さて、最初の画面は何だったっけ? 最初に選ぶのは乗車駅と降車駅だったのか、乗車券と指定席券の選択だったのか、いつお金を入れたらいいのか――。そこでネットで調べると、驚くべき変更のあることに気づいたのです。


【初心者の気持ちの揺れ】

 まったく利用しないまま2年間を過ごすうちに、我が田舎駅の改札も交通系ICカードが使えるようになっていたのです。それならすでにスマホに登録してありますから、乗車券については新たに買う必要がない! 指定席券はネット購入できることは以前から知っていましたから、これで完璧です。手ぶらで都内まで行けます。また、“モタモタするかもしれない10分間の不安”からも、これで自由になることができます。
 私は小躍りするような気持ちですぐに手続きをしました。

 ところがここがキャッシュレス初心者の悲しいところで、つまらないところで不安になります。車掌の車内改札に対して紙の乗車券を持っていないことはスマホを見せれば了承してもらえそうですが、指定席券を持っていないことはどう説明したらいいのか、そもそも同じ席に座ろうとする人がいた場合、どうやって自分の権利を主張したらいいのか――。指定席券を購入したときの画面は、すでにスマホから消えています。

 結論から言えば、指定席券購入サイトから購入履歴を呼び出し、その画面を見せればいいだけのことでした。そんな簡単なことを確認するだけでも、けっこうたいへんです。
 さらに言えばその探索作業の途中で、私は指定席車両での車内改札が、すでに行われていないことを知ります。要するにやるべきことをきちんとやれば、何の心配もなく東京へ行けるわけです。

 これだけ便利だと私の心の奥底にある現金崇拝は出て来ようがありません。しかしだからといってキャッシュレスへの移行が簡単に進む話でもありません。


【あれもこれもチグハグ】

 2年前は交通系ICカードの使えなかった駅でしたから、自動販売機の利用も何となく現金でやっていたのが、今回は缶コーヒー1本買うにもスマホです。というか、とりあえず財布の中に1万円札しかないのでそうせざるを得ません。ところがもともと年に1~2回しか使わない自動販売機ですから、現金で買う方法でさえおぼつかない。

“現金で買うときはお金を先に入れたけど・・・あれ? ホントにお金が先だったかな? 千円札を使うときも先に機械に流し込んだっけ? え? じゃあスマホ決済はどうなるの? スマホを先に端末にあてて――いや、いや、いや、先にスマホを使ったんじゃあ、そのあとで買う商品の値段がわからず決済できない――”
とか考えて、ようやく最初に商品を選んでボタンを押し、あとで決済をすることを思いつくのですが、余計なところに頭を使っていたぶん手の方がお留守になって、決済端末ではなくその隣の説明表示にスマホを当てたりしてしまいます。

 車内販売はさらに大変で、ワゴンを止めてチョコレートをひと箱買い求めると、
「お支払いはどうされます? 現金、クレジットカード、交通系ICカード・・・」
 すかさず「交通系カード」といってスマホを取り出したのですが、それをどうしたらいいのかわからない。とりあえずケースの蓋を開いて端末を当ててもらったのですが、ケースの蓋は開ける必要があったのか?


【初心者であるためにも強さが必要】

 昼食に入った牛丼の松屋では、私の後ろに列ができたのでプチパニックで、注文しなくてもよかったものまで頼んでしまう――。
“いい齢をして自分は何をやっているんだ”とホゾを噛みながら、頼むつもりもなかったサラダを突ついていると、奥から店員がすたすたと券売機の方へ歩いて行って、そこに待つ紳士風の男性に使い方を説明し始めました。私よりは10歳以上も若そうな人です。
“ああ、やっぱり私はちっぽけな男なのだ”と、さらにホゾを噛む思いになりました。