「そだねー、ウン」〜えー?、なんでー?、ヤダー

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  平昌オリンピックの興奮もひと段落して、4年ごとのにわかカーリングファンの私も落ち着いた生活が送れそうです。

 今回のオリンピックでは女子チームが念願のメダルを獲得し、北見の名菓が売り切れになったりふるさと納税が殺到したりと、たいへんな騒ぎです。なかでもマイクを通して繰り返された「そだねー、ウン!」がもてはやされ、早くも「今年の流行語大賞間違いなし」とか言われていますが、例年上半期の流行語など年末にはすっかり色褪せ、何か大昔の流行語みたいになっているはずですから、そこまでうまくいかないかと思います。もちろん今年を彩る流行語には違いありませんが。

 ところで、緊張感の高い場面で明るく発せられる「そだねー」は、その爽やかさや可愛い訛りのために皆の心に響いたというのは確かだと思うのですが、果たしてそれだけたったのでしょうか。
 これが「そだねー」ではなく、「がんばろう」を意味する言葉だったり「肩の力を抜いて」とか「集中して」とかいった内容の言葉だったとしても、可愛く爽やかに訛っていればこんなふうに人気を博したのか、ふとそんなことを思いました。
 それは「そうだね」という言葉が、昔から大好きだった私だから感じることかもしれませんが。

【相手を受け入れる「そだねー」】

 再三このブログでも書いてきましたが( 2007/9/27 成績を伸ばす子 - エデュズ・カフェ 他)、これまで私は児童生徒にも自分自身の子どもにも、三つの美質を求めてきました。
「けなげ」「ひたむき」「すなお」ということです。
 勝手な定義で言えば、
「けなげ」というのはちょっと背伸びをして、現在の自分より少し上くらいを目指す姿。
「ひたむき」というのは、一生懸命努力する姿。
「すなお」はもちろん様々なことを受け入れる姿ことです。

 なかでも「すなお」は最も大切で、親や先生・指導者の言うことをとりあえずやってみよう、従ってみようという前向きな気持ちがないと、子どもは絶対に伸びていかないのです。
 大人も時には間違ったことを言うかもしれませんが、基本的に子どものためを思い、人生から得た知見に従って指示したりアドバイスしたりするのですから、疑わず、やってみる価値があります。

「親や教師の言うことを、なんでもハイハイ聞いているようじゃあダメだ」と言う人がいますが、じゃあ「親や教師の言うことにいちいち楯突くような子がいいか」というとそういうことにはならないでしょう。
 要するにこれも、
「なんでも言うことを聞いてそれで終わりにするのではなく、違うところは違う、ここはもっとこうすればいい、と言える子でなくてはだめだ」という意味で、すなおにやってみることが前提なのです。そしてその「すなおさ」を言葉で表現しようとするとき、「そうだね」が選ばれます。

 例えばカーリングの試合の難しい局面で、互いに考え、意見を出し合って話し合い、一応の結論にたどり着く、そのとき答えが一つしかなければ問題はないのですが、たいていの場合は他の可能性を切り捨て、ひとつを選び取ることになります。そのとき、
「幽かな不安もあるし不満もある、しかし今はあなたの案が一番よさそうだ。わかった、それで行こう、仮にうまくいかなくても私たちはそれを受け入れる」
――その気持ちを一言で表したのがたぶん、「そうだね(そだねー)」なのです。だから聞く私たちの耳に心地よい。

【相手をはねのける言葉】

 では逆に、受け入れない言葉、拒否的な言葉といったら何かというと、これは簡単で、子どもたちが嫌な表情をつくって言う「えー?」「なんで―?」「ヤダー」が代表です。

 特に「エー?」はほとんど反射的に使われるもので、ボクシングのジャブみたいに、とりあえず繰り出して間合いを取り、相手の出方を見て考えよう、そういうときに使う言葉です。

 たとえば、
「ちょっと頼みたいことがある」
                    →「えー?」(と、内容は分からないが突っぱねておく)
「次はこれやってみようか」
                    →「えー?」(と、内容は分からないが突っぱねておく)
「今日はここまでにする」
                    →「えー?」(と、その結果どうなるか分からないが突っぱねておく)

「そうだね(そだねー)」とは異なり、いかにも懐の浅い、わずかなことでもいっぱいになってしまう心の狭い人間の言いそうな言葉です。次に来るのがいい話だったら受け入れようというズルい性根も見え透いています。
 しかしクラスでこれが使われるときはしばしば大合唱になりますから、教師の側も次の一手が打ちずらくなる。

 そこで私は「えー?」を禁止することから始めました。
「何かを言われた時、まず『えー?』って言うのをやめなさい、言いたくなったら飲み込みなさい、そして私の話を最後まで聞き、その上でおかしいと思ったら『だけど先生』で始まる意見を言いなさい。正当な話だったら、私は必ず聞きます」
 このルールの仕掛けは、「えー?」がしばしば合唱になるのに対して、「だけど先生」と言ってくるのはたいていひとりだということです。ひとりだと対応しやすい。

 また、「まず『ハイ』と言いなさい」ということを盛んに訴えた時期もあります。
「ハイ」と言って次の言葉がすぐに「だけど先生」でも構わないのです。一度受け入れる姿勢を見せてくれればそれで大丈夫。同じ土俵に上ることができます。

【我が家の場合】

 私は自分自身の二人の子にもそういう態度で接してきました。

 娘のシーナは小さなころから「けなげ」「ひたむき」「すなお」が三つともそろった「良い子」でした。「そうだね」の効能もこの子から教わったようなものです。シーナの口癖だったからです。

kite-cafe.hatenablog.com

 同じように育てたはずなのに、息子のアキュラはそうはなりませんでした。しかしこの子には別の良さがありますから、それについてはまた改めて書きましょう。

 私自身はどうだったか――。
 私についていうと、子どものころから「けなげ」でも「ひたむき」でも「すなお」でもない「ダメな子」でした(だから三つの大切さを思うのですが)。おまけに頑固者ですから「そうだね」といった同意の言葉はめったに使いません。

 それをシーナも感じているみたいで、こんなふうに言います。
「お父さんは私の口癖の中で『そうだね』が一番好だっていうのに、自分自身は絶対に『そうだね』って言わないよね」

 私は答えます。
「そうだね」