カイト・カフェ

毎朝、苦みのあるコーヒーを・・・

「4年越しの産声」~シーナ、レインボーママ(二児の母)になる2

 計画出産だったはずが緊急出産に
 無痛分娩の予定が自然分娩に
 さらに「経産婦で安産」の期待まで裏切られ
 シーナは12時間半の陣痛に苦しむことになった
 しかし――

というお話。

f:id:kite-cafe:20190618061901j:plain(写真はイメージ。本人ではありません)

 

【2度目なのに時間がかかる】

 さっぱり連絡のなかったシーナから「絶賛、陣痛中!」のメッセージが入ったあと妻からも連絡があり、そこでひとしきりブー垂れると、その後、定期的に連絡が入るようになりました。しかし、
「今、お医者さんが来て子宮口4cm。まだまだ」
とか、
「子宮口6cm、今夜までかかりそう」
とかいった事務口調で、分かることは分かるが気持ちがない。

 子宮口が何cmになったら出産なのかも分からないので、指で6cmくらいの幅を取ってみたらとてもではありませんが子どもの頭の出てくる大きさではありません。

 そして午後1時の「子宮口7cm。明日になりそう。シーナ絶望しています」を最後にまた音信不通。妻のスマホは再び発信専用機に戻ったみたいで私の問いかけにも答えません。
 昔と同じ「現場に行かなければ分からない」状態に陥ったのです。


 

【福男動く】

 私は自分自身を福男だと思っているところがあります。
 福男というのは本人に福が訪れるというより、他人に福をもたらす側面が強いものです。妊婦に対して具体的には何の役にも立たない私ですが、福を運ぶのは大事な仕事。そこで急いで支度をし、1時間以上かかる病院へと急ぎました。

 産婦人科の前で小一時間魔法をかけ(念力を広げた)、ちょうど出てきた妻から様子を聞くと会えそうだというのでシーナの顔を見て、特に何をするというでもなくまた1時間以上をかけて戻ってきます。
 シーナはLINEどころではなく、妻もお腹をさする忙しいのでもう連絡が来るのは諦めて、静かにその時の来るの待つことにしました。

 そうこうするうちにハーヴのお迎えの時間が近づき、準備をし始めるとそこに妻からのメッセージ。
「子宮口9cmしかないけど、赤ん坊の頭が出てきたので分娩室に入ります。しばらく連絡できません」
 その“9cmだけど頭が出てきた”という状況はまったく想像できないのですが、とにかく「絶賛、陣痛中!」が「大絶賛、陣痛中!」になっていることは分かります。

「『しばらく連絡できません』と言ったって、それまでだって連絡してないじゃないか」といった悪態は飲み込んで、耐えることにしました。

 そこから30分後、
「どうなった?」
とメッセージを送るもやはり返事はなく、しばらく待って家を出る前に再び、
「今、どんな状況?」
 さらに保育園の門の前で、
「まだかな?」

 いったん保育園に入ってしまうとこちらもしばらく連絡できませんから門前で降園時刻ぎりぎりまで待ち、“もう限界”となって門扉に手を掛けようとしたころ、ようやく妻からのメッセージ。
「産まれた! オギャーという元気な産声!」
 不覚にも涙が落ちそうになりました。

 元気に産まれることを疑っていたわけではありません。
 「オギャーという元気な産声」が、実に4年越しで待っていたものであることに、その時初めて気づいたからです。

 

【4年越しの産声】

 長男のハーヴの生まれた時の状況は、かなり悲惨のものでした。その時の様子を分娩室のカーテンのこちら側で聞いていた私はこんなふうに記録しています。

 長男のハーヴの生まれた時の状況は、かなり悲惨のものでした。その時の様子を分娩室のカーテンのこちら側で聞いていた私はこんなふうに記録しています。

「ああ、出ました。おめでとうございます」
の声が何人からか上がります。しかしそのあとの声がない。赤ん坊の泣き声がない。医師や看護師の声がない。何かこそこそと話す声が聞こえ、「〜呼びましょう」という話が出て、電話で何かを相談する聞き取れない言葉が続きます。

 2〜3分後、私の背後からヒタヒタとスリッパの音がして、ずんぐりとした白衣の男性が横を通り、カーテンを回り込んで分娩室に入っていきます。そこから何かのやり取りがあって、やがて女性たちの“アー”という歓声とも安堵ともつかない声が上がります。

「おめでとうございます。ほら、小さいけど、声、聞こえるでしょ」
 最初の「おめでとうございます」の瞬間に時計を見ました。それが出生時刻だからです。そして第2の「おめでとうございます」のときも時計を見ました。ほぼきっかり5分です。その間なにがあったのか、カーテンのこちら側の私には分からないことです。

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  私が席をはずした30分ほどの間に医師が来て、簡単な説明をしていったらしいのです。中軽度新生児仮死だったと。感染症もありそうなのでしばらく保育器の中で過ごさなければならないと。
 シーナの出産の状況は、私が耳で聞いていたよりもずっと大変なことだったのかもしれません。
(中略)
 赤ん坊が生まれたら枕元に並べてピースをして記念写真を撮る、それしか考えていなかったシーナにとって、それは朦朧とした視界の中で、全身紫色のぐったりした赤ん坊があっという間に連れ去られる恐ろしい事件でした。あまりにもあっけなく、むしろとらえどころのないような事実です。
 “死産”という言葉が真っ先に浮かんだ妻にとって、それは絶望と怒りの瞬間だったようです。
「息してないじゃない! なんでみんな何もしてくれないの!」
 あまり凄惨さに、私もそれ以上は聞いていません。

 赤ん坊が連れ出されてのちの長い長い時間を、静まり返った分娩室の中でシーナとその母親がどんな時を過ごしていたのか、私には知る由もありません。しかし想像するだにやりきれない話です。

 同じ時間を、私は新生児室のガラス窓に顔を寄せて、保育器の中でどんどん肌の色を良くし、元気に手足を動かす赤ん坊の姿を無邪気に眺めていました。

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 ハーヴの保育園の門扉の前で私が思わず涙を落としかけたのは、娘のシーナがどんな思いでその声を聞いたのか、手に取るようにわかったからです。

「あの子、きっと泣いたな」
と私は思います。
 ボロボロと涙を流しながら、新しく生まれた命を枕元に置いてもらってピースをして写真に収めたに違いない。4年前にかなわなかったことが、いま実現したのだ――。そう思ったら涙が落ちそうになったのです。

 しかし気を取り直してメッセージを返します。
「それで、シーナの方は大丈夫なの?」
 これに対する返事は、既読がついたにも関わらず同じ質問を何回も繰り返しているにもかかわらず、その後1時間半にわたって返ってきませんでした。
 他にやることがあったみたいです。
 をい!


                      (この稿、続く)