「あのお父さんは怖いけれど厳しくありません」〜アキラの弁明

 それはもちろん普通の人はひとりかふたりしか子育てをしないし、仮に5人6人と育てたとしても子どもにはそれぞれ個性がありますから、同じように育てたつもりでも同じには育たない、その意味では親はすべて子育ての素人のまま生涯を送るわけで、うまくいかないのもあたりまえです。

 それが当然なのですが、それにしても、子育ての下手な人はあまりにも下手で、天才的な人は天才としか思えないようなやりかたですんなりと問題をすり抜けて行ったりします。その差は何なのでしょう?

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【先週の芸能ニュース】

 先週の芸能ニュースの筆頭は、
「(物まね芸人清水アキラの3男)清水良太郎容疑者、覚せい剤取締法違反で警視庁に逮捕」 でした
。  デイリー・スポーツの記事によると、
 物まねタレントの清水アキラの三男で、タレントの清水良太郎容疑者が12日までに覚せい剤取締法違反の疑いで警視庁に逮捕されたことが分かった。
(中略)
 良太郎容疑者は2月に俳優の遠藤要とともに違法賭博場への出入りが報じられ、芸能活動を謹慎。6月に仕事復帰した際には「本当に世間をお騒がせして申し訳ありませんでした。ここから新たな気持ちで仕事に励んでいきたい」と陳謝したばかりだった。2017.10.12 デイリー・スポーツ
とのこと。

 芸能人のボンボンにはありがちな話で、ワイドショーでも同情的な話は一切出てきません。当然ですね。
 ただし父親の清水アキラに対してはさまざまな意見が出ていて、
「2回もやらかすとは親の教育が相当悪かった証拠」
「親の七光りでちやほやされてきたんだろ」
「親の力でちょっと謹慎してすぐ復帰」
と批判する人もいれば、
「親が謝罪する姿を見て、いたたまれない」とか、
「30歳にもなろうという息子の責任まで取る必要はないだろう」とか、
「あの涙の姿は本物だ」とか、
 同情の声はむしろ芸能界内部から出ているようです。

 ただし、(ざっと見で私の見落としかもしれませんが)清水アキラ氏の謝罪会見の中にあった、
うちは人の家以上に厳しくて、何かあればひっぱたいたりしてたんで
という言葉に引っかかって何かを言おうとする人はひとりもいないようで、だから私が一言申し上げます。
 何かあればひっぱたく家は、厳しい家ではありません。

【あの家のお父さんは怖いけれど厳しくありませんよ】

 私が若いころ、先輩の先生(教員としては先輩ですが実は年下)から教えてもらった珠玉の言葉です。ひとりの女の子の指導に困っていた時、その子のお兄さんの元担任だった人が言ったのです。

 私はすぐにその意味を理解しました。
 その子の父親は何かがあるとすぐに怒鳴り上げて殴る人で、私の悩みもそこにあったからです。いきなり暴力になるので親に相談できない、そのくせ普段はほったらかしなのです。娘は常に、相当危険な場所を歩いているというのに・・・。

 では厳しい親というのはどんな親なのか――。

【厳しい親】

 私は以前、サイトの方でこんな文章を書いたことがあります。
 マスコミは「教師は丁寧で懇切な指導をする代わりに、すぐに決まりをつくってそれに頼ろうとする」などと平気で言うが、「決まりだから」と言えば子どもはすぐに従うと思い込んでいるのかもしれない。
 そんなことはない。
 どんな場合でも、決まりは守る方より守らせる方がしんどいものだ。
 どのくらいしんどいかは、指定暴力団と警察の関係を見ただけでも分かる。組織力も投入資金も、警察の方が圧倒的に上だ。

「明日から毎日3時間ずつ勉強しろ」と叫ぶ以上、親は翌日から本当にやっているか確認しなければならない。
 少なくともとりあえず、3時間は息子のそばにいなければならない。
 それも1年365日毎日だ(もちろん、3時間学習ができるようになったら目を離してもいい)。

 たとえ側にいることができても(ホントにできるか?)「見ている」ことと「やらせる」ことは別問題だ。
 考えているフリをしているだけの息子の頭の中を、どう管理して行けるのだろう?
 結局、一月ほどほったらかしにしておいて、「あれほど『やれ』と言ったじゃないか」と怒るしかなくなる。
 息子からすれば30日間我慢して勉強するより、1〜2時間怒られてる方が絶対楽だ。

 怒鳴りまくって暴力をふるう「恐ろしい親」はけっこういるが、毎日チェックし続ける「厳しい親」はめったにいない。
 守らせることのできないことを平気で言うから、子どもは決まりなんか守らなくていいと考え始める(他に道がないものね)。
「ああ言えばこう言う事典」→「基礎編」→「『お前とは話にならん!!どうでもいいから、明日から毎日3時間ずつ勉強しろ!』……7」→「7、できもしないことを言うからあとで切羽詰る」)

 厳しい親はブレるということがありません。誤りがあれば訂正するかもしれませんが基本的には頑固です。
 自分の中に価値観が確として確立していて、それを守るためには全力を尽くします。

 それは武道の達人のような人で、身の回りに価値観に抵触するような危険があると、反射的に体が動きます。
 例えば「嘘をつかない」ことに重きを置いているとしたら嘘をつかれた瞬間、あるいは嘘の匂いのした瞬間、間髪を置かず戦闘モードに入り徹底的に追及して容赦しません。事態が明らかになるまで、最も効果的な方法でいつまでも追求し続けます。
 したがって清水アキラ氏の謝罪会見にあったような次のような会話は成立しないのです。

(息子が)
「尿検査した」と(言うので)、
「お前大丈夫なのか」と聞いたら、
「いや何もない」と、
「お前本当に大丈夫なのか、万が一のことがあったらたいへんなんだから言えよ」と、
 そうしたら 「何にもないよ」ということで、その場は終わりました。
――その段階ではアキラさんは息子さんの言葉を信じていましたか?
 はい。


【効果のないことはしてはいけない】

 私は実践家ですので効率を考えます。
「お前大丈夫なのか」と聞いて正直な答えが返ってくるようならもちろん聞きます。しかし不正直な答えの出てくる可能性があるなら絶対に聞きません。
 なぜなら「聞いて」「嘘をつかれて」「その嘘が暴けないまま終わる」ことは、その子に「嘘をついても通る」と教えることになるからです。そういう学習をさせてしまう――。

 少しでも怪しいと思ったら本人に聞かず、黙って警察に行って待たせてもらえばよかったのです。もちろん行ったところで教えてもらえるとは限りません(たぶん教えてはくれないでしょう)。しかしいざとなれば親父はそこまでやる、ということを息子に伝えることはできます。どうせ学習させるなら、学ぶべきことは「親父は騙せない」ということです。

 殴ることに関しても同じです。殴って効果があれば殴る。
(これには異論噴出かと思いますが、とりあえず聞いてください)

 古人の曰く、「ツのつくうちは叩いて教えろ」。
 ひとつ、ふたつと数えて九つまでは叩いて教えて構わない、叩いて教えなければわからないという教えです。数え年の九つですから今で言えば7・8歳というところでしょう。もちろん頭なんか叩いてはいけない、「お尻ペン!」で十分です。
 しかしそれ以上の歳になったら今度は絶対に叩いてはいけない、殴らない。

 道徳的な見地から言うのでも、「心に傷をつける」といった心理学的見地から言うのでもありません。費用対効果(コスト・パフォーマンス)があまりにも悪い、殴っても恨まれるだけだからです。

 清水アキラ氏の会見の中にこんな言葉がありました。
 闇カジノの時も、呼びまして、
「おまえはいっていたのか」と聞きましたら、
「行っていた」というので、
「夜中にどこ、ふらついてんだ」と俺に殴られた。
――殴った?
 はい。
――そしたら?
 黙ってました。


 黙ったまま、清水良太郎が何を考えていたか――容易に想像できそうな話です。
 大人なんか殴っちゃいけません。それで反省するような人はいません。
 大人を殴れば復讐されるだけです。

【誰が親を支えるか】

 最初に戻って、
 しかしそれにしても、子育ての下手な人はあまりにも下手で、天才的な人は天才としか思えないようなやりかたですんなりと問題をすり抜けて行ったりします。その差は何なのでしょう?
 その答えはわかりませんが下手な人が下手なのは、本人の責任ではなさそうです。「知らない」「分からない」「できない」のですから。

 そういう親には、正しいやり方を誰かが伝えなければなりません。
 そしてそれが最もやりやすい立場は、その子の担任保育士、担任教師、そして周囲の先生たちです。
 もちろん立場はやりやすくても、やることが簡単というわけではありませんが、他に人は存在しないのです。