「学級という烏合」①~クラスは難しい

 むかし勤務したことのある小学校で、新しく来た校長先生が低学年の全担任を女性に、高学年をすべて男性の挿げ替えるという大英断を果たしたことがあります。この方の説によると、低学年のうちは女の先生に十分甘やかされ、高学年になってからは男の先生にビシッと締めてもらうのが小学校のあるべき姿だそうです。しかしそこにはいくつもの間違いがあります。
 第一に、低学年で甘やかされつくした子どもを「ビシッと締める」のは容易ではない。しばしば失敗する。
 第二に、必ずしも女の先生は甘くない。そして必ずしも男の先生がビシッと締められるわけでもない。少なくとも私の知る限り最もキツイ先生は女性で、なんど担任をやってもクラスをボロボロにしてしまう男の先生も数多くいました。

 しかしともあれ、その大英断のおかげで私は初めての低学年の担任という、教師として一度は通過しておくべき道を中途半端に切り上げ、高学年のクラスに移ることになりました。ついでに言うと、新しい学年はとんでもなく優秀な先生に躾けられた、誰がやってもうまく行く素晴らしい子たちばかりでしたので、私の評価は上がり、けれど教員としての腕はさっぱり上がりませんでした。ビシッと締める必要もなかったのです。
 ここまでが前置きです。

 お話ししたいのは、その“大英断”の際、5年生のクラスから優秀なベテラン女性がはずされ、小学校は初体験という若い男性教師が持った件です。非常に厄介な子たちで彼女の剛力をもってようやく納まっていたようなクラスです。さすがに心配になった一部の職員が諫言して、なんとか思いとどまってもらおうとしたとき、その校長がこうおっしゃったのです。
「大丈夫。(新しい担任である)彼は、若く未経験とは言え、中学校で立派に部活を取り仕切ってきた先生だから心配ない」

 コリャだめだと私は思ました。当時は私も下っ端だったのでモノを言いませんでしたが、部活と学級とでは天と地ほどに異なります。学級経営に比べたら部活の運営など百倍も楽です。そのことを、この中学校未経験の校長は知らないのです。

 なぜ部活動は楽なのか、それは部活の組織が目的集団だからです。
 部活動には最初から目的があって、地区大会1勝という慎ましいものから全国制覇といった野望まで、レベルに差はあるもののそれを受け入れられない者は入れません。また“目的性”は個人にも当てはまり、選手になりたい、メンバーに入りたいといった情熱は放っておいても醸成されます。だから基本的に子どもたちは顧問の言うことをよく聞く。
 顧問の言うことを聞かず自分流にやって、強くなることもうまくなることもない――普通はだれだってそう考えます。顧問に悪態をついて嫌われて、それで選手にしてくれとはとても言えない――そのくらいは中学生だって分かります。
 顧問の言うことが聞けない子、聞きたくない子は、基本的に自ら辞めていきます(部員が一斉にそっぽを向いてクーデターを起こすといったことはめったに起きません)。ですから部員として目の前にいる子は、ほとんどが “言うことをよく聞く、良い子”なのです。それを運営できたからといって力のある先生の証明にはなりません。

 学級は違います。そこは同い年で同じ地域に住んでいるという、二つの共通項以外に何の類似性もない烏合の衆です。“学ぼう”とか“学習しよう”とかいった共通の目的を持っているわけもありません。そんなバラバラな集団をどう切り盛りしていくか、それが学級経営で教師の腕の見せ所なのです。

                              (この稿、続く)
*ちなみに、上記で若い担任に代わったクラス、大方の職員の予想通り、あっと言う間に崩壊してしまいまいました。前担任が“子どもを十分に甘やかせる”ような、そういうタイプの女性でなかったことは言うまでもありません。